01-12

 シュガーが出入りする貴族の屋敷に置き手紙を残すことで、私たちは彼と連絡を取ることができた。彼は相変わらず姿を見せず、かなり慎重な性格が伺える。


 シュガーはまず、私たちに取り引きの代行を要求した。

 彼から渡された大量の砂糖──つまり聖遺物を管理し、貴族に少しずつ売り捌く。聖遺物を扱っているというのに、稼いだ額は信じられないほどに少ない。得られた金のほとんどをシュガーへと送り、私たちが手に入れた金はほんのわずかだった。


 それでも、稼いでいないのはシュガーも同じだ。

 本当ならもっと高値で売りつけて良いはずなのに、シュガーはそうしない。金のための商売でないことは明らかだった。貴族の心を掴み、裏で糸を引く──彼は黒幕・・になろうとしていた。


 ここで失敗するわけにはいかない。

 聖遺物や金を少しでも横領すれば、おそらくすぐにバレて、私たちはシュガーからの信用を失う。それだけは避けなければならなかったから、組織内部でのセキュリティには一番気を遣った。不正をしようとした仲間だって何人もいたが、それを私たちは次々に粛清し、なんとか仕事をこなしていった。



 そしてしばらくして、また手紙が届く。

 その内容に、私たちは硬直した。


 曰く、また商売の代行を頼みたい。

 今度は俺がやっている分の仕事もすべて任せる。

 そして──もし貴族と交渉をするなら、好きにやってくれ・・・・・・・・


 

 その言葉は、私たちが認められたという証だった。

 彼には彼なりの思惑があるはずなのに、それでも貴族との交渉を私たちに任せてくれた。それはつまり、私たちの「スラムをより良い街にする」という意志を、シュガーが認めてくれたという意味だ。


 私たちは一層励み、そして同時に、その頃からシュガーというカリスマの魅力に取り憑かれていた。身体の調子も良くなった。いや、良くなったどころじゃない。チームの魔術師ミズリが言うには、私たちには聖属性の加護・・・・・・が与えられている状態だという。


 おそらくシュガーだ。

 私たちは、知らないうちに彼の魔術を受けていたらしい。


 身体の治りは早く、誰も流行り病に侵されることはなくなった。そして日が経つごとに私たちの力が増していく。身体能力が目に見えて強化されていくのが分かる。貴族街の衛兵たちが束になって襲ってきても、もう私は負けなかった。

 


 ……それに、私は。

 私だけは、シュガーの姿を知っている。 

 

 だって私は唯一、彼に会ったことがある。


 まぁきっと、彼は覚えてもいないだろうけど。



 

 やがて、シュガーは街から姿を消した。

 私たちは彼の仕事を引き継いだ。といっても、商売相手の貴族たちは揃って国に粛清されてしまったから、今度の相手は彼らじゃない──帝国だ。


 街に引き入れた帝国と手を結び、この街を豊かにしていく。この街を守り続ける。いつ、彼が戻ってきても良いように。


 私たちの救世主を、胸を張って迎えられるように。




 そしてついに、彼は帰ってきた。




 誰も知らない。

 その少年がかつてシュガーと呼ばれていたことを、誰も知らない。


 だけど私だけは知っていた。

 だから抑えきれず──押しかけたのだ。

 

「ああ、シュガー様! 本当にシュガー様だ! やっぱり帰ってきてたんだね、シュガー様!」


 かつて、薄汚い殺人鬼であった私を、彼は覚えていなかった。

 当然だ。5年も経って体格も変わった上、私だってたくさん努力した。ルイヴィッチや彼の商品である娼婦たちから教わって、女の子らしい格好や化粧、髪型、言葉遣いなんかもばっちり身体に叩き込んだ。もしシュガー様と出会えたなら──今度こそ、私の名前を覚えてもらえるように。

 

 

 ああ、シュガー様。

 なんて愛おしいのでしょう。


 何の感情も伺い知れぬ、人形のようなその顔立ち。すべてを見透かしたような闇の瞳。細身ながら無駄なく引き絞られた、まるで彫像のように完璧な肉体。

 あなたは何も語らず、けれど私のすべてを認めてくれる。誰も見向きもしなかった、かつてのあの汚れた街で──あなただけが、私たちみたいなクズを大切にしてくれていた。


 

「……っあ、ぐ……し、シュガー様……」

 

 あんまりに私が舞い上がったせいで、怒られてしまった。

 生意気を言った私の首を締める、シュガー様の手。私がこれまで戦ったどんな手練よりも力強い……どれだけあがいても、もがいても、シュガー様の手はぴくりとも動かない。

 

「く……くるしい、です……ごめんなさい……生意気言ってごめんなさい、シュガー様ぁ……」


 ああ、死んでしまう。死んでしまうと思った。

 あともう少ししたら、首の骨がぽっきりと折れていただろう。そのギリギリで、シュガー様は私の首を離した。そしてうずくまった私を、今度は甘やかすように、その優しい魔力が包み込む。


「……あ、これ……久しぶりです、シュガー様の、温かい……魔力……」

 

 ──これは調教だ。

 私がシュガー様の、従順な手足となれるように……死を目の当たりにして、ばくばくと跳ねる心臓、ひゅーひゅーと空気を求める喉。私の顎を撫ぜる手のひらの心地良さを、甘い魔力の味を覚える。


 身体すべてが、シュガー様のために最適化されて、躾けられていく・・・・・・・感覚。


 ああ、ヤバい。

 ダメになる。


 何だか私、女の子みたいだ。


 それでも我慢できなくて、私はシュガー様を暗黒街へと招いた。

 私たちの成果を、シュガー様の意志を引き継いだその結果を、彼に見てほしかった。ルイヴィッチ、ゴースト、ミズリのことも紹介した。他にも見せたかった仲間はたくさんいたけど……あんまり騒がしいのも、好きじゃないと思ったから。

 


 けれど、私はまた驚かされる。


 シュガー様は魔術師だ。だから私たちはこれまで、シュガー様は後ろからの支援や遠距離射撃を得意とする典型的な魔術師タイプの射手であると思い込んでいた。


 けれど、彼はそれだけでは終わらなかった。

 シュガー様は私のスピードに当たり前のように着いてきて、当たり前のように壁を駆け上がる。私が生涯をかけて研究してきた三次元空間駆動の基礎、それを当然のごとくやって見せたのだ。


 

 でもやっぱり……極めつきは夢魔ナイトメアと相対したとき。

 私は目の前の夢魔ナイトメアが分裂したことに気付かず、その逃亡を見逃しかけた。憑依されそうになった名前も知らない娼婦のひとりを、シュガー様は当たり前のように庇う。悪魔の手がシュガー様に触れた瞬間、私は息の止まる思いだった。


 だがその瞬間──夢魔ナイトメアの身体は弾け飛んだ。


 まるで巨大な顎に喰らい尽くされるよう・・・・・・・・・・、不定形の影はちぎれて消えていく。

 聖魔力による消滅? いや、そんなんじゃない。


 

 あれは──捕食・・だ。


 

 私の第六感が言っていた。夢魔ナイトメアの身体は、シュガー様の中へと取り込まれた・・・・・・。私はシュガー様の中に、未だおどろおどろしい夢魔ナイトメアの魔力を感じた。


 そしてトドメ。

 シュガー様は残った夢魔ナイトメアのもうひと欠片かけらを、また喰らう・・・



 ……シュガー様。

 あなたは一体、何者なのでしょう。


 私たち、スラムの野良犬共をまとめて救ったその手腕。

 希少な聖属性の才に、すべてをねじ伏せる圧倒的な腕力──果てには悪魔さえその身に取り込んだ。

 


 そして、なぜ何も求めてくれないのでしょう。


 私もゴーストも、ルイヴィッチもミズリも、それにもっとたくさん、同志としてこの街の再建に関わってきた者たち皆が……誰もがシュガー様、あなたを敬愛しています。だってあなたは、飢えて死ぬだけの野良犬のような運命から、私たちを救い出してくれた。


 なのにあなたは何も求めず、ふらりと街から消えました。


 今日だってそう。娼婦のひとりやふたり、別に死んだって構わない──このスラムで育った人間の倫理なんてそんなものだ。

 

 それなのに、あなたは助けた。

 助けて、逃して……それだけ。助けた女を手で払うようにして冷たくあしらう。


 やっぱりあなたは見返りを求めない。


 

 私たちは、あなたに恩返しがしたいのに。



 ……だから、シュガー様。

 覚悟してくださいね・・・・・・・・・


 

 私たち、もう狂ってしまったんですからね。

 あなたの甘さを知って、戻れない。それはまさしく砂糖シュガーのように──この口で、舌で、あなたに奉仕がしたいのです。ああ、シュガー様、どうか、どうか。


 生涯、この奴隷ヴァレーめをお使いください。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る