01-11

「お前、ヴァレーだろ。ヴァレー・Vヴィ・ハウス。このダウンプア史上、最悪の連続殺人鬼……まさか、こんなガキだったとはな」


「……あぁ? 誰だ、テメエは」


 ──その記憶は、はるか昔。

 かつて自分が、まだスラムの悪ガキだった頃の話。


 金も、食べるものもない。だから足りないものは、人を殺して人から奪う──そんな、なんのドラマもない連続殺人鬼だった頃の、どうしようもない私の話。


 

「ああ、ナイフをしまってくれ……敵対するつもりはないんだ。ただ、お前と交渉がしたい。そのために俺はお前を探してた」

 

 声をかけてきたのは、こっちも案外、年若い男だった。

 真ん中で分けた白い髪を、乱雑に後ろで束ねた男。この街で暮らしているわりには身なりがよく、それに女から良くモテそうな顔をしていた。


 そいつはルイヴィッチと名乗った。

 ルーチェル・Lリー・ルイヴィッチ。私でも知ってる名前だ。たしか、このスラムで行われている売春を仕切ってる男だ。


 そして、ルイヴィッチは言う。


「ヴァレー、お前は……シュガーって男を知ってるか?」


 そのとき私は、自分の運命・・に出逢った。



 ルイヴィッチは私に語った。

 どうも今、このスラムにはシュガーと呼ばれる怪人が棲みついているらしい。


 誰もシュガーの正体は知らない。居場所も、顔も、本名も……シュガーという名前だって、誰かが勝手にそう呼んでるってだけの話だ。だがそいつはこのスラム出身で、どうやら薬物ドラッグを扱う売人だという。


「……ヤクの売人なんて、この街じゃあ珍しくもねえだろ」


「ああ、そりゃそうだ。それが、ただの薬物ドラッグだったらな」


「あ? どういう意味だ?」


 睨む私に、ルイヴィッチは言う。


「おそらくだが、シュガーが売ってるヤクはただのヤクじゃねえ。ヴァレー、お前、聖遺物・・・って知ってるか?」


「……神の遺物だろ。魔術師どもが喉から手が出るほど欲しがってる」


「ああ、その通り。はるか昔に神様が残したっつうあれさ。その中には世界樹・・・っつう代物があってな、今や絶滅寸前って幻の植物さ。その樹蜜・・は人の身体には毒だが、少し舐めるだけで神力を得ることができるってよ」


「まさか……」


 ああ、とルイヴィッチは頷いた。


「おそらく、シュガーが売りさばいてるのはそれだ。だが妙なこともある。やつはそんな聖遺物を貴族相手に売り捌いているくせに、一方で相当な安値をつけてるって話だ。それこそ砂糖なんかと同じような値段でな」


「……なんのために?」


「なんのため、だと思う?」


 ……少し考えても、答えは出ず。

 ルイヴィッチは──おそらく、と前置いて続けた。


「舐めるたびに神の力の欠片を得ることのできる薬──おそらく、シュガーの狙いは金以上に、貴族の心を掌握すること。それこそヤクと一緒さ、依存・・させてやるんだよ」


「……依存……じゃあ、もうこの街の貴族たちは……」


「ああ、シュガーは聖遺物をちらつかせることで、貴族を思うままに動かせる」

 


 ……シュガーという、その未知の怪人は。

 私と同じスラムの住みながらも、私のように目の前の利益に心を奪われない。気付いた頃には貴族の心を掌握し、すでにこのダウンプアの支配者層へと喰い込んでいる。金に目をくらませることなく、その先を見越して、私たちの思惑の及ばない何かを計画している。


 自分とは、何もかもが違う場所にいる。

 けれど……


「……なんで私にそれを話した?」


「これからシュガーは何かデカいことをする。俺たちは黙って見てるだけか? やつはこのスラムの出身だって話だ。もしその計画が、街を少しでも救うことになるのなら……俺はそれを手伝いたいと思ってる」


 だが、とルイヴィッチは続けた。


「スラムが力を持つことに、納得しないやつらもいるだろう。それを跳ね返すには、力が必要だ。俺は暴力にはからっきしだからな」


 そう言って、ルイヴィッチは苦笑する。

 ああ、なるほど。


 だから、私なのか。

 

「ヴァレー・Vヴィ・ハウス、お前のことは調べてある。この街じゃあ殺人なんて珍しくもないが……お前は他のやつらと違って見境い・・・ってものがないらしい。平民だけじゃ飽き足らず、騎士や貴族まで・・・・・・・殺しやがったやつは、俺が知る限りお前くらいだよ」


 ──でも、腕はたしかだ。

 ルイヴィッチはそう言って笑った。


 すでに私には、ルイヴィッチに対しての警戒はなかった。

 きっとこの男はこのスラムのことをちゃんと思っていて、私にもそうありたいという気持ちがあった。ここは最悪な街だけど、それでも土地やここに住んでいる人たちに、ほんの少しだが愛着のようなものはある。


 

 だから私は、ルイヴィッチの話に乗った。

 同じスラムに暮らしながら、貴族社会に力を及ぼそうとしている怪人シュガー。彼を手助けして、私たちはこのスラムを変える。そんなメンバーが段々と増えていって、やがて大きな組織となった。


 そして──


「皆、よく聞け。シュガーと連絡を取ることに成功した……ッ!」


 ──ルイヴィッチの行動をきっかけに、私たちの活動は加速した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る