01-10

 俺は魔術を使う。

 当然、俺が使えるのは回復魔術だけだ。



『──設定選択マニュアル


追加機能オプション広域化オールレンジ


対象ターゲット:計56個体 - 名称略 - in マザーモスカ逢花街おうかがい第十三層』


出力形式アウトプット肉体回復キュア精神回復カーム聖属性付与エンチャント・グロウリアス



 俺は思った。

 あの夢喰いの力を止めるには、まず皆の目を覚ますことが第一だ。


 おそらくあの眠りの魔術は、悪魔らしい闇属性の魔術。対して俺の持つ聖属性とは、闇の対極である光、その上位属性である。つまり闇属性の存在に対する特効薬だ。


 皆に聖属性の魔力を与えてやれば・・・・・・、眠りの魔術は解けるはず。

 


 そして直後──夢魔ナイトメアの動きが鈍くなった。

 躱されていたナイフが突き刺さり、その影の身体を食い破る。ああ、今日の俺は冴えてる。地面に倒れていた、娼婦たちに客人たちが……皆一斉に、むくりと目を覚まし始めたのだ。


「……な、なんだ……俺たち、たしかさっきまで……」


「ううん……嘘、私寝ちゃってたの……?」


「ま、魔物……? どうしてこんなところに……ッ!?」


 ……俺の魔術で目を覚ましたやつらが、悲鳴をあげて塔から逃げ出していく。そんな中で、形勢は再びヴァレーへと傾いた。その連撃が影の身体を喰らいつくし、また夢魔ナイトメアの不定形を削り取る。


「シュガー様……ッ! ありがとうございます!」

 

 すでに、夢魔ナイトメアに逆転の目はない。四方八方、空間を三次元的に跳び回るヴァレーに夢魔ナイトメアは追いつけず、ナイフの雨にやられるだけだった。だが、そのとき──



「きゃっ……」



 ──俺は、見つける。

 逃げ出そうとしたやつらの中で、たったひとり、足をもつれさせた娼婦だ。


 夢魔ナイトメアは、相変わらずヴァレーの攻撃によって弱り続けていたが……そのとき地面の影を、なにか、モヤのようなものが渡っていく。それも転んだ娼婦をめがけて。


 

 ……分裂?

 夢魔ナイトメアはその身体を分かつ。片方がヴァレーの攻撃を引き付け、もう片方は転んだ娼婦。まずい、乗っ取られる・・・・・・。まさかヴァレーの目を逃れて、半身だけでも塔の外に逃げ出そうという算段か。だがそれをされれば──あの娼婦は、死んでしまう。



「…………ぁ……」


 声は出なかった。咄嗟にヴァレーにそれを教えようとしても、俺はダメだった。喉の奥で突っかかったように、自分の声が出てこない。


 だから俺は──走った。

 咄嗟に身体が動いていた。


「えっ、ちょっと……シュガー様っ!?」

 

 ああ、馬鹿か。俺が乗っ取られても同じだろうが。

 死にたくないって自分で思ってるはずなのに、娼婦をかばうように、俺は彼女と夢魔ナイトメアの間に立ちふさがっていた。ヴァレーが今さら反応しても、間に合わない。


 その影の身体が、俺に触れた。


 

『──警告:精神の致命的損傷』


『生命維持機能の停止を確認』



 ……くらり。

 ほんの一瞬の目眩がする。

 


自動回復オートマ精神完全復元イモータル

 

自動回復オートマ肉体完全復元アンデッド

 

自動回復オートマ:筋繊維修復 - 超回復オーバーロード

 


 その直後、俺の視界は晴れていた。

 


『──警告:肉体の再構成に際し、体内に異物を確認』


『構造分析……分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモン



 だが、妙だ。意識ははっきりしていた。

 俺の精神は死んでいないし、憑依なんてされている様子もない。それに──



『──肉体構造を最適化』


『──精神構造を最適化』


分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモンを同期──解析完了』


分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモン肉体に統合・・・・・します』


『精神・肉体を再構成します』

 


 ──目の前の夢魔ナイトメアは、小さくなっていた。

 まるで身体の半分を削り取られたかのよう・・・・・・・・・・、一回りも小さくなってしまった影が、悶えるようにして悲鳴を上げる。


「し、シュガー様……今の、って……」


「…………」

 

 俺は考える。もしかして……聖属性?

 悪魔に有効だってことは知っていたけど……まさか、こんなに効果があったなんて。触れるだけで身体の半分が消し飛ぶとは、なんて敏感なんだ。


 俺は生まれもった自分の才能に感謝した。回復魔術しか使えないなんて卑下していたけど、悪魔の憑依に対してこんな便利な耐性があるなんて……まぁそもそも、悪魔とやり合う機会なんて、人生でせいぜい一度きりだと思うけど。


 

「諞台セ晢シ……蜀崎ゥヲ陦……ッ!」


 ──何かの間違いだ。

 まるでそう言うかのように夢魔ナイトメアは咆哮し、そして再び襲いかかる。だが何かの間違いだったとしても、そうでなかったとしても……今、俺がここを退くという選択肢はない。


 また、夢魔ナイトメアの影が俺に触れた。

 呑み込むように──深い闇が、押し寄せてくる。



『──警告:精神の致命的損傷』


『生命維持機能の停止を確認』



 ……くらり。

 また、一瞬の目眩。視界の明滅。

 


自動回復オートマ精神完全復元イモータル

 

自動回復オートマ肉体完全復元アンデッド

 

自動回復オートマ:筋繊維修復 - 超回復オーバーロード

 


 けれど、俺の視界は晴れていく。

 


『──警告:肉体の再構成に際し、体内に異物を確認』


『構造分析……分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモン


『──肉体構造を最適化』


『──精神構造を最適化』


分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモンを同期──解析完了』


分類カテゴリ上級悪魔グレーターデーモン肉体に統合・・・・・します』


『精神・肉体を再構成します』

 


 そして──夢魔ナイトメアは、跡形もなく消え去った。

 何の悲鳴もなく、抵抗もなく──煙のように散る。俺はただ、何もせずにそこに立っていただけだ。悪魔が勝手に自滅しただけ。まぁ、言ってしまえばそれだけなんだけど、それでも……


「…………助け、られて……良かった」

 

 ……変に会話をするのも嫌で、俺は転んだ娼婦の顔も見ず、手で払うようにして逃げるよう促す。彼女は「ありがとうございます」と震えた声で言うと、他の客と同じように、そのまま塔から消えていった。



「シュガー様! こっちは終わりました!」

 

 同じく、ヴァレーの方も済んだようだった。

 やや焦った様子で駆けてくる。


「ええと、シュガー様は……だ、大丈夫そうですね……?」


 ……自分でも驚くほど、何の問題もない。

 向こうに残っていた夢魔ナイトメアの半身も、ナイフに切り刻まれて死に絶えていた……っていうか今更だけど、非実体の悪魔を切り刻めるナイフって何なの? 100本も200本もあって良いものじゃないだろ。

 

 俺は頷き、同時にヴァレーにも回復魔術をかけてやった。

 見た感じ、傷は追っていないけど……絶対に疲労はしているだろうから。俺の回復魔術は、気持ち程度に疲れが取れると評判だ。


『──設定選択マニュアル


対象ターゲット:ヴァレー・Vヴィ・ハウス』


出力形式アウトプット肉体回復キュア精神回復カーム超回復オーバーロード聖属性付与エンチャント・グロウリアス


 ヴァレーは、その大きな金色の目をぱちりと瞬かせ、そして顔を上げる。


「シュガー様……ありがとう」


 にい、と目を細め、大きな口で笑った。

 

 うん、まぁ、それは良いとして。

 ところで……そろそろ俺の家に案内してもらえない?

 

 

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