01-07


 これが本当に、かつてのスラム街なのか?

 俺の率直な感想はそれだった。


 建築物が何重にも積み重なる、芸術的にも思える異様な町並みと、各地で賑わう人々や商店。かつての汚れきった空気は今やどこにもなく、焼きたてのパンや新鮮な果物、高価な魔道具なんかも売り出され、巨大な経済社会が成り立っている。


 たった5年で、街とはこうも変わるのか。

 しかも、目の前のヴァレーという女がそれに関わっているらしい。彼女の年齢は、俺と同じか、それともひとつかふたつくらい年上かもしれないが……俺が言えたことではないが、まだ子供だっていうのにすさまじい行動力である。


「すごいでしょう? 私たち、シュガー様の意志を引き継いで、いっぱい頑張ったんですよう」


 すごいなぁ。

 でも俺はそんなこと考えてもいなかったよ。



 俺はヴァレーに連れられて、街の中をぶらりと歩いた。

 迷いそうになる……というか俺ひとりだったら確実に迷っているであろう入り組んだ道を行く。


 やがて辿り着いたのは砦の奥地、集会所のような場所だ。


 

 ……アレ?

 ここ俺の家じゃなくない?


 

「それじゃあ、チームのみんなを紹介しますね!」


 待って、頼んでない。

 チームって何? 俺、そういうノリ無理だから!


 しかしヴァレーは無慈悲にも、俺の手を引いて集会所へと乗り込んでいく。

 そこは広い空間だった。バーカウンターのようなキッチンが隅にひとつ、そして無数のテーブルと椅子。大きな飲食店のようにも見える。明かりも抑えられて、なかなかの雰囲気だ。


 そしてそこには、3人の男女が跪いていた・・・・・


「…………」


 ……いや、あのさぁ。

 だから、なんで?



「……おお、貴方が……貴方が、シュガー様……目で見ずとも分かります、その魔力……ッ! なんと神々しい……ッ!」


 跪いたまま、ひとりが言う。

 屈んだ体勢でもわかる、随分と体格の良い男だった。鍛え上げられたゴツゴツとした筋肉に黒い肌、スキンヘッドの男だ。もう怖い。話しかけられるだけで怖い。しかし俺の恐怖に反して、そいつの口調は丁寧だ。


 俺は困って、ヴァレーを見た。

 するとヴァレーは、俺以外の皆に言う。


「みんな、顔を上げて大丈夫。それより、シュガー様にご挨拶をして?」


 うん、まぁ、それでも良い。

 正直この空間に連れてこられた時点でだいぶマイナスだけど、このまま跪かれるよりは全然そっちの方が良い。良くやった。


「では、失礼して……シュガー様、俺の名前はルーチェル・Lリー・ルイヴィッチ。このダウンプア暗黒街で "婦女" を司っています」


 ルイヴィッチ──そう名乗ってまず顔を上げたのは、さっきのゴツいやつと比べて細身の男だ。真ん中で分けた白い髪を、後ろで乱雑に束ねただけの男。スーツをゆるく着崩した様子はこの街らしくガラが悪いが、整った顔をしている。


 ところで婦女を司るって何?


「ルイヴィッチはねえ、ダウンプア暗黒街の一画、花街・・の管轄者。私たちの中でも稼ぎ頭なんですよう」


 なるほど、花街──つまり風俗街か。

 たしかに表を見て回った様子では、今この街はかなり賑わっている。娼婦も良く売れるだろう……っていうか、さらっと言うけど超有力な人物じゃん。そんなやつが俺なんかに頭下げていいの? 砂糖売りにちょっと噛ませてやっただけなのに?


「欲しい女がいれば、いつでもお申し付けください」


 いねえよ。コミュ障にそんなこと求めるな。


 

 さて、次。


 

「……私、ゴーストです。一応…… "賭博" を司っています」


 華やかなルイヴィッチに対して、こっちは地味な女だ。長い黒髪から、うっすらと目元が覗く。


 ゴースト……まぁ間違いなく偽名だろう。俺がシュガーと呼ばれているのと同じ。そう考えたら親近感が湧いてきた。この子もコミュニケーション不得意そうだし……あれ、もしかして一番仲良くなれそう?


 いや、待て。

 ルイヴィッチが花街の管轄者なら、おそらくこの女はこの街すべての賭博・・を仕切る管轄者だ。下手に近寄るのは良そう。むしり取られるかもしれない。


「…………」


 あ、やばい。

 すっごい見られてる。



 よし、次行こう。



「先程は失礼致しました、シュガー様……私はミズリ。かつては異国で祈祷師シャーマンをしていましたが、今はこの町で "魔術" を司っています」


 最後にさっきのゴツいスキンヘッドの男、ミズリ。黒い肌に、おそらく2mを超えているであろう恵まれた体格と筋肉……率直な感想、怖すぎる。片手で人の頭とか砕いてそうな見た目しやがって。


 この人が魔術担当なの?

 暴力とかじゃなくて?

 

 ていうか魔術を司るってなんだよ。


「この街は治外法権……つまり王国の法も、帝国の法も及びません。ですから、各国で教導が禁じられている禁術・・呪術・・の類いを誰かが教え、誰かが学ぶこともできるのです。私はそういった術の教育者たちを束ねています」


 なるほど。今までで一番わかりやすい説明だった。

 このマッチョ、理知的すぎる。

 

 "婦女" を司るルイヴィッチ。

 "賭博" を司るゴースト。

 "魔術" を司るミズリ。

 そして……あれ、ヴァレーは何担当だっけ。


「あ、私はこの街で "暴力" を司っています!」


 暴力担当、こいつかよ!


「まぁ他にも街の有力者はたくさんいるんですけど、基本的には私たち4人が中心となってこの街を回しています。あんまり大勢で押しかけても、その、迷惑かなって……」


 おお、良く分かっている。

 4人でもまぁまぁ俺はしんどいが、たしかに100人に囲まれたらもっとダメだったかもしれない。ヴァレーはヴァレーで気を回してくれてはいたらしい……これは感謝しなければ。今の状態でもギリギリなのは、もう俺が悪いと思う。


 ちなみに、顔を合わせる機会は多分ない。

 なぜなら俺が外に出ようとしないから。

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