01-05
「ひどいですよう、思い出してくださいよう。私、ヴァレーです。ヴァレー・
……やばい。本当に思い出せない。見たことのある名前な気もするのだが、全然ぴんと来ない。
だが
ああ、もしかして砂糖を貴族に売りさばいたこと?
そういえば、と思い出す。
たしかあの砂糖売りは、最後には手伝ってくれるやつが何人か現れた。
と言っても、ただ手紙でのやり取りだ。
俺が商売の手を広げすぎて、段々と忙しくなってきたとき、ちょうど良く砂糖売りに一枚噛ませて欲しいという手紙が届いたのだ。
俺はそれを受け入れた……といっても、取り分があんまりに減るのは嫌だったので、分け前は結構安めにふっかけたけど。
……結果、彼らはそれで了承したらしい。
彼らは俺から受け取った砂糖を売り、稼いだ金が勝手に俺の元へと流れてくるようにシステムが変わっていく。最終的にはもう何もかもが面倒臭くなって、実際の金のやり取りや、貴族相手の値上げ交渉なんかまで、俺は全部そいつらに任せるようになった。
つまりこの女の子は……そのうちのひとりか?
だが、俺は一度も彼らに顔を見せたことがない。どうして彼女が俺の見た目を知っているのか、気になるところではあるけれど……。
「ようやく思い出して貰えました? シュガー様のおかげで、私たち、こんなに良い服が着れるようになったんですよ。それに、ほら!」
ヴァレーと名乗った女が指差したのは、窓の外。
スラム街だ。俺が知っているより、何倍も背が高くなった砦のような街。
「すごいでしょう?
……いや、何?
全然ぴんと来ない単語が色々混じっている。
要するに……俺が消えてからヴァレーたちが代わりに砂糖売りを続けて、その金を元手にしてこのスラム街をここまで成長させたってこと?
ええ、何それ、すっごいやり手じゃん……。
ただ自堕落に暮らしていただけの俺とは雲泥の差だ。手に入れた金を街に投資して、実際にここまでの規模にしてしまうなんて、意識も高いし実力もある。
自分と比較して、何だか自己嫌悪に陥ってきた。
それに、帝国か。
俺たちの住んでいるこの国は、セントシエル王国。対して帝国というのは、おそらく隣国であるバウ迷宮帝国のことだろう。
セントシエル王国とバウ迷宮帝国は、よく国境で小競り合いを起こしている仲の悪い国家だ。この街は国境に近いから、特に帝国の影響が強い。
つまりこのスラムは、その帝国を味方につけることで王国の介入を跳ね除けているということか?
……
かわいい顔して何やってんの、この子。
自分たちの街を強くするために敵国を引き入れたってことでしょ? そんなのすんなり通るわけない、絶対ドンパチあったじゃん。タイミングよく神殿に引き取られて本当によかったぁ……。
「まぁとにかく、こんなところにいないで暗黒街に行きましょうよ、シュガー様!」
そんなこと言われても……スラムとか怖いし。
「お願いしますよう。みんな、シュガー様の帰りを待っていたんです。シュガー様のお
……なんで?
なんでこんなに歓迎されてるの?
ああそうか、街を大きくしたのはヴァレーたちだけど、金の元手は俺が出したということになっているのか。どうも知らないところで大きな恩を売っていたらしい。いや、待てよ……。
……俺の家がある?
ということは、家賃を払う必要もない?
節約すれば10年は遊んで暮らせる。俺はさっきそう思ったが……家賃や土地の代金が必要ないというなら、遊んで暮らせる期間はもっと長引くはずだ。下手したら、15年や20年……。
「わっ、シュガー様」
俺は起き上がった。
現金な男ですまない。そうとなれば善は急げだ、ヴァレーの気が変わらないうちに押しかけてやろう。あとから出ていけと言われても聞いてやるつもりはない、俺は一生何もせずに暮らすんだ。砂糖売りも神殿も勇者団も、もう懲り懲りだ。
だが、長らくベッドの上でしか動いていなかった身体は、
「……っあ、ぐ……し、シュガー様……」
ごめん。本当にごめん。
わざとじゃないんです。1週間も寝たきりだったらこうもなるんです。
「く……くるしい、です……ごめんなさい……生意気言ってごめんなさい、シュガー様ぁ……」
……顔から倒れ込むのを防ごうと、とっさに前に突き出した腕の一本は、ヴァレーの首元を掴んでいた。力はほとんど入れていないが、それでもヴァレーの声は苦しげだ。俺は咄嗟に腕を離し、自分の力で起き上がった。
「…………」
俺は見下ろす。
ヴァレーはうずくまって、ひゅー、ひゅー、と息をする。
……うん、申し訳ないことをした。
屈み込んで、ヴァレーの顎に手を当て顔を上げさせると、俺は彼女の喉を
『──
『
『
潤んだ金色の目が、細まる。
「……あ、これ……久しぶりです、シュガー様の、温かい……魔力……」
……あれ、この子に魔術を使ったこと、あったっけ。
ああ、そうだ。そういえば、砂糖売りの手伝いをしてもらってからちょっとして、彼らが信用できる人物であると分かってきた頃に、おまじないがてらに魔術をかけてやったことがあった。
俺の回復魔術は、相手の姿が見えなくても使用できる。
いつからそうなったかはわからないけど、それだけが神殿での俺の取り柄だった。だからヴァレーが砂糖売りの一員だったなら、俺の魔術を知っているのは当然か。
俺がじっとヴァレーを見つめていれば、彼女もふらりと立ち上がる。
そして、俺の手をぎゅっと握った。俺は目をそらした。
「それじゃあ行きましょう、シュガー様……私たちの楽園へ」
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