01-03

 

 一方、ちょうどその頃である。

 シュガーの心配毎は、まさに的中していた。


「も、申し訳ありません! ヴェイラッド卿、私たちは、もう……!」


「ああ、分かってる! 貴様らは一旦引け! 俺がここで足止めをするッ!」


「わ、分かりました……!」


 そこは戦場であった。

 勇者団の役目は、いずれ来たる魔王との戦いに備えること、そして各地の魔物たちによる厄災を鎮めて回ることだ。その人数は1名の勇者を中心として総数30名ほどに及び、大規模なキャラバンを引き連れている。


 当然、勇者団一行は良く目立つ。

 こうして魔物に襲撃されることはしょっちゅうで、彼らも慣れっこであるはずだった。


 

 だが、現状はこうだ。

 皆なぜか普段通りに身体が動かず、普段ならもっと上手く戦えているはずの亜飛竜ワイバーンの群れ相手に苦戦を強いられている。それにいつもと比べて妙に数が多い・・・・・・


 シュガーを勇者団から叩き出した張本人、ヴェイラッド卿は、ワイバーンたち相手に応戦しながらも考えていた。おそらく最大の原因はふたつ。敵の数と、そして何より疲労・・だ。皆が長い旅と度重なる戦いで、ひどく体力を消耗している。

 問題は、なぜかそれが一向に回復してこない・・・・・・・ことだ。普段ならこうじゃない。普段ならもっと、少し休めば身体が動けるように──


「──ッ! まずい!」


 仲間のひとりが重力魔法でワイバーンを地面に縫い付け、ヴェイラッド卿がそこにトドメを刺そうとしたときだった。その隙を狙っていたかのように、ヴェイラッド卿の守りをすり抜けもう1体のワイバーンがキャラバンへと向かっていく。

 

 馬車には勇者団全員分の食糧が積んであるのだ。

 あれを燃やし尽くされれば、今後の旅はひどく苦しくなる。

 

 ヴェイラッド卿が息を呑んだ直後、だがそのときだ。


「ヴェイラッドさん、貴方は前を!」


「……ッ! チドリ様!」


 ──その姿は、まさしく勇者・・である。

 この勇者団の要、異世界よりやってきた勇者、瑠璃崎ルリサキチドリ。

 

 濡れ羽の美しい長髪ながかみをはためかせ、少女は跳んだ・・・

 人間の筋力では到底考えられない跳躍力で、チドリはワイバーンの飛ぶ空まで到達し──


「はああああああッ!」


 ──そして、宝石のように輝くその刀剣で、ワイバーンの首を叩き斬った。


 

 一斉に、歓声が湧き立つ。

 ヴェイラッド卿もまたそれに呑まれていた。


 ああ、間違いない。この方だ。

 この勇者様が、間違いなく此度の魔王を祓ってくださる。

 本心から、ヴェイラッド卿はそう祈った。



 ……だが、一方で。

 今回の苦戦は、何だったんだ?


 その原因に未だ思い至らぬヴェイラッド卿とは反対に──勇者、瑠璃崎ルリサキチドリは自分の手をじっと見つめて、神妙な表情を浮かべた。


「……やっぱり、追い出しちゃいけなかった。治り方が、全然違う・・・・・・・・・。それに、魔物の数もいつもより……」


「チドリ様? どうかなさいましたか」


「……ううん、大丈夫」


 ぼそりと呟くような独り言。

 ヴェイラッド卿や周りの声に、勇者ははっと我に帰ったようにして、首を横に振った。


 けれど……皆が捌けた戦場で、彼女は再び呟く。


「シュガーさん、謝ったら戻ってきてくれないかな……まぁ、そんなの都合良すぎるよね……」


 勇者のため息は、未だ、誰にも届かない。

 

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