01-02
どうも俺は、物心ついた頃から生傷の絶えない場所に居たらしい。
まぁいわゆる
親は一応、いるにはいるのだが、俺の記憶がはっきりする頃にはもう死んでいた。だから俺はひとり、つまり孤児である。
誰にも引き取ってもらえず、やがて何とかって街の、何とかってスラムに流れ着いた。この頃から、物の名前を覚えるのは苦手だったらしい。
スラムって環境は、特殊だ。
パンくずひとつで大人同士が殺し合いを始めるような世界では、子供はびくびく様子を伺うしかない。
俺がそこで生き残れたのは、多分、俺がほんの少しながら魔術を使えたからだろう。
──回復魔術。
属性としては聖属性に値するその魔術は、名前の通り、人の傷を癒す力がある。ほんの少しだろうが、俺には勿体ないような才能だ。
ただ、俺がそれで人を癒すことで金を稼いでいたのかと言えば、そうではない。そもそも俺は当時、自分にそんな才能があることさえ知らなかった。
あとから知った話では、俺は自分が傷つくたび、自分に対して回復魔術を
他の子供たちが大人からの暴力や感染症で次々に死んでいく中で、だから俺は、唯一生き残ることができたって話だ。
『──
『回復魔術:
『
まぁ、ときどき本当に死にかけたこともあったけど……そういうときも気付けば何とかなっていた。
悪運が強い、というやつなのだろう。
『──警告:肉体の致命的損傷』
『生命維持機能の停止を確認』
『
『
他の子供たちは、大人に精一杯媚びを売って金を稼いでいた。
でも俺にはそれができなかった。
自分から大人に話しかけるという行動がどうしてもできなかったからだ。いや、大人どころか子供相手でも無理だった気がする。この頃から俺のコミュニケーション能力は息をしていなかった。
じゃあ、俺はどうやって金を稼いだかって?
まぁ褒められた手段じゃあない。簡単に言えば盗みだ。俺のいたスラムに随分と金払いの良いやつらが入ってきたときがあって、そいつらから色々と盗み出した。現金もそうだが、それ以上に割が良かったのは
学のないガキでも
『──警告:血中濃度上昇』
『構造分析……
『体内毒性・肉体依存性を確認』
『
無我夢中で舐め尽くして、気付けば半分以上を食べてしまったが……それでもまだやつらのアジトには砂糖がいくらでも余っていた。
『──警告:血中濃度上昇』
『──警告:肉体の致命的損傷』
『生命維持機能の停止を確認』
『
『
これまでろくに栄養を取ってなかっただろうか。
砂糖をたらふく食べた次の日から、妙に身体が動かしやすくなったことを覚えている。
『
『構造分析……
『
『
『
『魔術機能追加:
まぁともあれ、俺は自分の背より大きな布袋に砂糖を目一杯詰めて盗み出し、それをちびちびと売り捌いた。
砂糖はほんのわずかでも金になる。ただそれほどの金を出せる相手となれば、商売の相手は貴族やデカい商会だ。
俺は夜な夜なスラムから抜け出して貴族街へと忍び込み、砂糖を売った。
ポイントはまず貴族の家の使用人たちを相手にすること、そして最初はタダで砂糖を振る舞うことである。貴族の家は警備があったから、侵入の容易な使用人たちの家に贈り物をした。そして砂糖の味に病みつきになった頃から、少しずつ値段を釣り上げていく。
金が払えない、と訴えがあれば、いよいよ本命だ。金の代わりに貴族との商売を仲介するように言えば、彼らは喜んで間を取り持ってくれた。そして貴族相手に、砂糖はもっと高く売れた。
もちろん、俺が口頭でそんな高度なコミュニケーションできるわけもなく、基本的には置き手紙でのやり取りだ。そしてその頃から、俺は正体不明の砂糖商人── "シュガー" と呼ばれるようになったわけである。
……結局、それで俺がどうして勇者団に採用されたのかって?
シュガーの噂を聞きつけた国の役人たちがやってきて、そして俺の正体は突き止められた。そこからは流れだ。雑すぎるって? 仕方ないだろう。自分でも何が起こっていたのか、あんまり分かっていないんだから。
『──警告:肉体の致命的損傷』
『生命維持機能の停止を確認』
『
『
最初は国の人たちがいきなり襲いかかってくるものだから、つい反撃してしまったけど……最終的には和解できて良かった。
まぁ襲いかかってきたと言っても、みんな相手が子供だからとかなり手加減してくれていたようで、さすが金持ちってのは人間性に余裕があるものだ。戦士も見習って欲しい。
『──警告:肉体の致命的損傷』
『生命維持機能の停止を確認』
『
『
『人類規定:肉体強度を超過』
『肉体構造-骨格構造-筋繊維構造を最適化』
ちなみに、俺を引き取ってくれたのはヴィヴィって名前の神殿長だった。
神殿ってのは国でも有数の医療機関……つまり国お抱えの回復術士養成所みたいなところ。もちろん他にもいろんな種類の魔術師を輩出しているらしいけど、俺が引き取られたってことはまぁそういうことだ。
ヴィヴィはそこのトップで、常に布で目隠ししていることを除けば美しい女性である。
ヴィヴィ神殿長は、俺がほんの少しだけ回復魔術を使えるってことに気付いて、スカウトしに来てくれたらしい。そこから俺はヴィヴィに言われるまま、自分でもよくわからないうちに勇者団ってエリート集団に紛れ込んでいた。
本当にどこで道を間違ったのか。
結局色々と教わった結果、回復魔術のコントロールは下手くそだし、魔力量も平均以下……俺は最低限の聖属性の魔力を持っていても、それ以上の才能はからっきしだったことが判明する。そんなやつが追放されてしまうのも、今考えたら当然の話だ。
さて、ところで。
このように俺は勇者団を後にしたわけだが、これからどうしようか。
現実逃避がてら、これまでのことをもっと詳細に思い返してみるのも良いだろう。いや、黒歴史を思い出して死んでしまうかもしれないけれど……まぁ、それも一興である。
というか、今更になって勇者たちのことも心配になってきた。
もちろん自分が欠けた程度で、彼らがどうこうなるとは思ってもいない。ただ俺は、これでも
俺がいなくなった以上、その雑用を俺以外の誰かがやらなければならないわけで……引き継ぎなど全くせずに逃げてきてしまったが大丈夫だろうか。
今更それが心配になって、俺はその日、夜しか眠ることができなかった。
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