いじめられロボット・中
1日目は特に何の支障もなく終わり、ぼくは最後の授業の時報を聞いてからほっと一息つく。
思ったより、いじめられロボットを使うと生活が楽になることに気づいた。授業の合間に囁かれる悪口も、教室を歩いていたら足を出されて転ばされるのも、いまの暮らしでは無縁のことだ。
ロボットはあらゆる人々の言動を受け流す設定になっているらしいから、ただでさえ地の底な人間関係が今より悪化することはないだろう。逆に、友だちを作ることも難しいわけだが、ぼくには問題ではない。良好な関係性を築くことより、最悪ないじめっこたちから距離をとることのほうが、ずっと大切だからだ。
ロボットが帰宅するまでの間、僕はまた部屋の中でストレッチ系のトレーニング動画を見て身体を動かす。やはりきついが、1か月続けた人のコメントで“心身ともに身軽になりました”というものがあったので、それを励みに頑張る。次に登校する日までには、少しでもましな外見になっていたい。
というのも、いじめられロボットにはひとつ欠点がある。値段が高いという点も含めれば2つか。それは、中間・期末テストの日は代理登校させられないというところだ。
普段の授業と同じ感覚で家からテストを受けたら、カンニングを疑われてしまう。かといってロボットに回答させるのも難しい。
ロボットには最低限の受け答えができるようなAIが組み込まれてはいるが、学校の試験問題をすらすら解けるような性能は持ち合わせていない。そもそもロボットに問題を解かせたら、カンニングどころの騒ぎではないだろう。
というわけで、2か月後に控える期末テストの日には、ぼく自身が登校する予定だ。その欠点にお父さんは不満そうにしていたけれど、僕はあまり悪いことじゃないと思う。今まで毎日いじめに耐えていたことを考えると、3か月おきに2~3日登校することぐらい何ともない。
それにテストの日は、みんな自分のことに手いっぱいでぼくへのいじめは弱まる傾向にある。だからせいぜい机の上が汚されているくらいで、物理的な攻撃は受けないはずだ。いじめをロボットに“肩代わり”してもらっていることでずいぶん気持ちに余裕が出てきたぼくは、近い未来を楽観視している。
・・・
来るべき登校日に向けて、少しでもましな外見になるべくトレーニングを続けるのだ。今日も、ロボットの登下校の時間を使ってストレッチをする。
初日に比べて、息のあがるタイミングがうしろ倒しになってきた気がする。体力がついてきている証拠で、いい兆候だ。この調子で頑張っていきたい。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
帰宅したロボットと目が合って、ふと気づく。いくらぼく自身が身体を鍛えてましな外見になったとしても、ロボットはださい容姿のままだ。それでは、テストの日だけイメチェンをして、それ以外の日はださい人になってしまう。
おまけに2か月ぶりに生身で会う際、見た目の変化があまりにも大きいと怪しまれたり、いじめがひどくなったりするかもしれない。そんな事態はなるべく避けたい。
「お母さん。ちょっとロボットの外見を変えてもいいかな?」
「ええ。大丈夫だと思うわよ。髪の毛が目と額にかからないようにだけ気をつければ。そこをふさいでしまうと、授業中のスクリーンがきちんと投影されなくなるようだからね」
リビングから返ってきたお母さんの返答を受けて、ぼくはロボットの容姿も少しずつ変えていくことに決めた。
まずは、自室へ連れてきたロボットに座るよう命じ、洗面所から手鏡とワックスを持ってくる。机の上には、webページから印刷したまずまずイケている髪型のモデル写真があった。写真とロボットの髪形を何度も見比べながら、慎重にワックスをかけていく。
「よし、こんなもんかな。ちょっと立ってみてくれる?」
「うん」
ロボットはぼくと同じ声で肯定の意思を返し、その場でゆっくり立ち上がる。髪型は某猫型ロボットが登場するアニメの主人公のような七三分けから、ところどころ髪を立たせた今風のスタイルになった。
肥満体型のままでいることはどうしようもないが、多少は見られる外見に変わったと思う。
「オッケー。君は待機でいいよ」
「わかった」
ロボットに待機――スリープモードーーを命じてから、ぼくは夕食を食べるためにリビングへと向かう。すでに席についているお父さんが、テレビのニュースを見ていた。ぼくもとなりに座り同じ画面を眺める。
テレビ画面には、ぼくたち家族が買った「いじめられロボット」の廉価版が量産され、販売されるという情報が流れていた。
「安いのが売られたんなら、ぼくたちちょっと損したのかな?」
お父さんに問いかけると、いや、と首をかしげる。
「今回のバージョンは、値段を抑えた代わりに映像撮影・投影の技術が数段落ちているらしい。だから黒板の文字が鮮明に読めないかもしれないし、手元の立体映像を映すこともできない。
その場合、教科書は学校に置きっぱなしにしなければならないな。ロボットにものを書く能力はないから、教科書に直接メモをとりたいときなんかは困るだろう?」
ぼくはうん、とひとつ頷いた。特に国語の先生は、教科書に線を引くようにという指示を出すことがよくある。おまけに、教科書を学校に置いておくと、いじめてくる人たちに汚されたり、破られたりする危険もあった。だから教科書は自分の手元に持っておくに限る。
改めて考えると、ぼくがもらった「いじめられロボット」は良いものなのだなと思うのと同時に、安いからってお得というわけじゃないんだなと気づく。
「それで、ケントの勉強は順調なのか?」
心配そうに問いかけてくるお父さんに、ぼくは力強く頷いてみせる。
「うん。ロボットのおかげで勉強だけに集中できるし、移動時間もないから楽だよ。代わりに、ちょっと体重を落とそうかなと思って、トレーニングを始めてみたんだよ」
「そりゃいいな」
お父さんは顔をほころばせた。
「トレーニングに必要な道具があったら、すぐに言いなさい。お父さんとお母さんはケントのことを第一に考えているからな」
「ありがとう。でも道具は今のところいらないかな。何もないところでもできるストレッチをしてるんだ」
なんでも買ってくれようとするお父さんをやんわりと押しとどめてから、ぼくはこれからの日々に思いを馳せる。
明日からも、自宅で学校の勉強をする生活が続くはずだ。期末テストの日は登校しないといけないけれど、いじめへの対応だったり登下校の時間だったり、友達付き合いだったりが一切ないから正直暇な時間が多くなる。だからその間、トレーニングに励んでマシな見た目になるように頑張るんだ。ぼくは決意を新たにした。
――でも、ごはんはちゃんと食べよう――
お母さんがつくってくれたほかほかのごはんを目の前にして、今は食事に集中しようと思い直す。
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