いじめられロボット

水涸 木犀

いじめられロボット・上

 ぼくの家にそのロボットがやってきたのは、中間テストが終わった翌日だった。


 有名な機械づくりの会社が「いじめられロボット」を開発したとき、世間の人たちはお金持ちの趣味目的でしか使用できないんじゃないかと批判した。ロボットは高いから、お金持ちしか買えない。

 しかし、「使用者の代わりにいじめを肩代わりする」という目的を実現させたいいじめられっ子たちは、大抵の場合お金持ちじゃない。だから実用性は低いんじゃないかというのが彼らの意見だった。

 そうはいっても、例外――本来の目的で使いたくて、購入もできる人間――は存在する。たとえば今のぼくのように。


 ぼくは、入学した中学校で毎日のようにいじめに遭っている。そのことを知ったお父さんとお母さんは心配して、転校することを勧めてくれた。でも、ぼくは嫌だった。

 勉強自体は面白かったし、受験して入った私立校から、地元の子どもたちがたくさんいるような公立校に転校するのは気が進まない。ぼくの考えを聞いたふたりは、話し合ったうえで提案した。


「じゃあ、いじめられロボットを買ってあげよう」

「いじめられロボット?」


 聞き返すぼくに、お父さんは大きく頷いた。


「この前ニュースでやっていたんだけど、覚えていないかな。ケントの代わりに学校へ行って、出席してくれるロボットだよ。もちろん授業はロボットの視線越しに受けることができるから、勉強面での問題はない。体育とかもケントの身体能力に応じて動いてくれるから、周囲の人たちは違和感を感じないはずだよ」

「でも、それって出席扱いになるの?」


 おそるおそる尋ねると、お父さんはああ、と肯定する。


「ロボットはケントそっくりに造られるから、周りの人にはまず気づかれない。ケントは学校の勉強だけをして、いじめられたくはないんだろう? だったらピッタリなんじゃないかとおもうんだ。発注してみないか?」

「……うん。わかった。いじめられなくて済むなら」


 ぼくがゆっくり答えると、お父さんもお母さんも安心したように頷いてみせる。


「なら、明日さっそく注文にいかなくちゃね。身体測定と簡単な体力測定があるけれど、ケントは何も心配しなくていいのよ」


 お母さんはぼくを安心させようとして、笑顔でいう。だからぼくも、ふたりを心配させないように頷いた。


「わかった。じゃあ、今日は早く寝なくちゃね」

「ええ。夜ごはんは中間試験のごほうびに、ケントの好きなハンバーグを作るわよ」


 お母さんはぼくが少しでも前向きなことをいうと嬉しそうに笑う。そしてすぐに、キッチンへと向かっていった。


 ・・・


 身体の形をぜんぶ測り、ジョギングやランニング、マットを使った体操などの体力テストでするような運動を研究所でしてから1週間後。ぼくの家に、「いじめられロボット」が届いた。


「うわっ、ださっ」


 それがぼくのロボットに対する、第一印象だった。細かく身体の特徴を調べて作るから、外見はぼくそっくりにできあがっているはずだ。それはつまり、ぼく自身を客観的に見るということでもある。


 目元まで伸びた髪は73分けでセットされており、度の強い丸眼鏡と併せてドラ○もんの主人公みたいだ。おまけにやや肥満体型だから、いかにも運動音痴といった雰囲気が出ている。中学校の制服を着せたら、あっというまに陰気なふとっちょメガネくんの出来上がりだ。

 いつも鏡の前で髪の毛を整える時は何とも思っていなかったのに、改めて全身込みで見せられると、受けるダメージが大きい。


「ちょっと、ダイエットしようかな……」


 度数の高い眼鏡に関してはどうしようもないが、髪型と体型は今からでもなんとかなるんじゃないだろうか。だってお父さんもお母さんもやせ型だ。ぼくだって、ちゃんと身体を動かせばもう少しましな外見になるはずだろう。

 正直言って、今の容姿ではいじめられるのも仕方ないなと自分で思ってしまった。ならば、学校に行かなくて済む代わりに、トレーニングの時間をつくってイメージチェンジを図るのも悪くないだろう。


 とはいえ、現時点ではこのださいロボットが中学校に向かう手はずとなっている。制服を着せるとますますださく見えるが、やむをえない。通学カバンに定期券と筆記用具とノートを一冊だけ入れて、ロボットに持たせる。


「では、行ってきます」

「いってらっしゃい。ケントのぶんまで、よろしく頼むわね」

「はい」


 お母さんの声にも表情を変えずに、ちょっとだけ頭を下げてからロボットは最寄り駅へと歩いていった。


 いざロボットに登校してもらうとなると、ぼくは授業が始まるまでの時間、ひまになる。通学途中に不快そうな視線を投げ掛けられることもなければ、学校に着いてから汚されている机の掃除をする必要もない。そう考えると、すっと気持ちが軽くなる気がした。

――これが、“いじめを肩代わりしてもらえる”ってことか――


 ぼくは自分の部屋で大の字に寝っ転がり、少しの間自由を満喫した。しかしロボットの容姿を思い返し、慌てて起き上がる。ぼくには今からやらなくちゃならないことがあるんだ。


 ネットでトレーニングの方法を検索して、ぼくにも簡単にできそうで、ご近所迷惑にならなさそうなストレッチ中心のものを選ぶ。映像を流しながら、画面の向こう側にいる人の体勢を真似してみる。普段運動なんてほとんどしていない僕にとっては単純な動きでもかなりの苦行で、すぐに音をあげてしまった。


――いや、諦めちゃ駄目だ。ぼくはださい見た目から変わるんだ――


 途中で何度もやめたくなったが、そのたびにロボットの外見を思い出す。そうやってなんとか、1時間目の授業が始まる前までに動画1本分のトレーニングを積むことができた。


 キーンコーンカーンコーン

 ロボットと接続されているスピーカーから、時報が鳴り響く。すでにぼくはマットの上から机の前まで移動して、1時間目の教科の準備を済ませていた。


 スピーカーは時報をトリガーにスイッチが入るしかけだ。だから、授業の間にいじめられることがあっても、その音声は拾われないしロボットが適当に受け流してくれる。授業が延びて時報が鳴った後も続いた場合は、ぼくが手動でスピーカーをオンにできる。授業時間内だけはちゃんと先生の話を聞くことができるという算段だ。

 いじめられロボットの機能はまだまだある。


 ほどなくして、ぼくの机の奥にスクリーンが降りてきて、学校の檀上の様子が映し出される。そこには黒板と、前に立つ先生がいた。一限は国語だから、先生は早速教科書を準備するように指示しつつ、前回の授業のつづきから板書を始める。ぼくは先生の言葉に合わせて、手元にある教科書とノートを開いた。


 スクリーンの映像は、ロボットの視線と同期している。だから彼が見つめている先――檀上――が常に映されている。手動で切り替えれば、隣の席などに目線を移すことはできるが、今は必要ない。


 さらに、ロボットの胸元にはいまのぼくの手元を投影するスクリーンもついている。だからロボット自身が教科書とノートを広げていなくても、遠隔で授業を聞いているぼくの机上を映し出すことで、あたかもロボットがその場で勉強しているように見せることができる。


 平面の机の上に立体的なものを映すのはかなり難しい技術が使われているのだと、身体測定に行ったとき工場の人に言われた。ぼくには詳しい理屈はわからないが、とにかく他の人にばれずに授業を受けられればよいのだ。

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