第5話

 夏休みに入って一週間が経った。

 今日は千明と一緒に花火大会に行く日だ。

「行ってきます」

 シンプルな白いTシャツにジーンズを履き、髪を編み込みのハーフアップにした璃音は、自分の家の前で立っている千明にお待たせ、と声をかける。

 千明は、紺のカラーシャツに黒いスキニー、スニーカーも黒いものを履いている。

「今日、なんかいつもと雰囲気違うね。可愛い」

 隣に来た璃音を見て、千明の言った言葉に少しどき、とする。

 __千明は、私のことを可愛いって言ったわけじゃないから。

 そう咄嗟に思って、

「あ、今日、髪型変えてみたんだ。この髪型、可愛いよね」

と言うと、千明は、そうじゃないんだけどな、とかすかに呟く。

 しかし、その言葉は璃音の耳には届かない。

 璃音は千明の複雑そうな表情に気付くことなく、行こうか、と言い、二人で会場へと向かって歩き出した。




 会場となる広場には、すでに多くの人がいた。

 千明があそこに行こう、と指差したのは、人のあまり多くない高台だった。

 階段を登ると、広場が全て見渡せる。

 そこまで広くなく、座る場所がないからかあまり人気のないそこは、花火を見るのには困らない場所だった。

 生温い風がゆっくりと流れていく。

「ここ、結構いいかも」

 ぽつりと璃音が言うと、千明も

「そうでしょ。前来た時ここで見たんだ」

と同意する。

 ぽつぽつと話しながら暫く待っていると。

「あ、始まった」

 空に一つ、大きな花火が上がった。

 そこから次々と繰り出される花火に、二人は見入った。

 千明がふと隣の璃音を見ると、目をきらきらと輝かせて花火を見つめていた。

 横顔が花火に照らされて、輝く。

 それをじっと見つめていた千明は、暫くしてまた花火へと目を戻した。




 花火が、終わった。

 一時間半あった花火大会だが、思いの外あっという間に感じた。

 その余韻の中、二人は人がいなくなった高台で話をする。

「璃音が楽しそうでよかった」

 そう言う千明に、

「めっちゃ楽しかった! 誘ってくれてありがとう」

と璃音は満面の笑みで返す。

 あの花火とか凄かったよね、と夢中で語る璃音を、千明は微笑みを浮かべて見つめる。

 その視線にはっと気付いた璃音は、途端に勢いをなくす。

「あ、ごめん、一人で盛り上がって」

 しょぼんとしてそう言う璃音の頭を、微笑んだまま優しくぽんぽんとする千明。

「大丈夫。楽しそうな璃音見てるだけでも楽しいし」

 暫く璃音の頭の上に手を置いていた千明だったが、すっと離して、

「ねえ、璃音。聞いてほしいことがあるんだ」

と真剣な顔で言った。

 そんな千明の顔を見て、璃音もなんとなく真面目な顔になり、うん、と頷く。

向き合うと、千明は緊張しているのか、ふー、と長く息を吐く。

 一呼吸置いた後、千明はゆっくりと口を開いた。


「好きだよ、璃音」


 一瞬、時が止まったかのように、感じた。

 どくり、どくり、と自分の鼓動だけが聞こえる。

 その音で、自分の身体の強張りがだんだんと解けていく。

 やっと頭が回り始めた璃音は、恐る恐る千明に尋ねる。

「え、千明、好きって……」

「うん、好きだよ。恋愛的な意味でね」

 何かが吹っ切れたような、真剣な表情でそう言う千明に、璃音は戸惑いを隠せない。

「え、いきなり、なんで、いつから?」

 切れ切れに言う璃音に、

「いつから……うーん、わからない。気付いたときには好きだったから」

と少し考え込んでそう返す千明。

「うそ。だって、そんな素振り見せなかったじゃん」

「気付かれないようにしてたからね」

 千明は苦笑いをしながら言うが、璃音はまだ受け止めきれない。

 呆然としたままの璃音に、千明は優しく笑って、言う。

「返事は、いらないから」

 え、と声が漏れた璃音に、寂しそうに微笑みながら、続ける。

「璃音に知ってもらいたかっただけだから。俺のこと、意識してないのは知ってるし」

 そう言った千明は、今までに璃音が見たことのない表情をしていた。

 行こうか、と言って歩き出した千明についていくが、璃音はまだ気持ちの整理がつかない。

 なんで、私のことを好きになったんだろう。

 ずっと隠してて、辛くなかったんだろうか。

 __いや、それが辛くなったから告白したのかな。

 煮えきらない気持ちを抱えたまま、そんなことを、考え続けた。

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