小節



煙草の煙が充満する見慣れた光景は、どこにでもある飲み屋での、夜毎繰り広げられる光景だが、果たしてこんな情景は、昔も今も変わらないのか。老練の呑み助たちの間ではお馴染みだろうが、近頃若者の間ではちょいと趣が異なるようだ。

老練は昔一応に小料理屋へと足を運んだ。それは女将のいる一杯飲み屋だが、最近は居酒屋へ行くのが大半だ。かくして、週末ともなれば挙って通う。そこで繰り広げられるのが、日頃積もった不平不満の解消である。言わずと知れた、仲間内での愚痴や上司に対する不満のオンパレードだ。さもなくば、異性に対する恋慕の類であろう。ところで若者らはどうかといえば、やはり仲間同士で居酒屋へと繰り出す。話題はさして変わりない。従って、世代を超えてその趣は、世の中が複雑になるほど肴として受けるらしい。

さもあろう。と思う。

若者には、若者の憂いがあり思惑がある。また老練にも悩みが存在する。従い悩みが老練の特権ではなく、憂いが若者だけのものでもない。憂いも悩みも、年齢を超えて充満しているのが現状ではなかろうか。

気の合う仲間が語り合えるのは、やはり酒が入る場となるが、複雑に絡まり合う会社組織の中で、老いも若きも泳ぎ渡るには、ひと時の息抜きが必要なのは間違いないことだ。

突飛でもないことだが、はてストレスを受けない生き物なんて、この世にいるのだろうか?

ふとそんなことを考えて見たが、おおよそ皆無であろうと思う。精神的苦痛は、生きる物すべてと切り離せぬ関係にあるのが現状だ。

そうであるなら、ちょっこし大きく分けて、動、植物の世界を覗いてみましょうか。動けぬ植物とて、変化する環境に適応すべく長い年月をかけ、夫々生き抜くための生態系を築いてきた。砂漠に自生するサボテンや熱帯雨林の海辺に根づくマングローブなどが、ほんの一例であろう。

更に、動物の世界でも然りである。例えば、鳥類を観てみると、渡り鳥の生態などは極めつけである。気候の変化に適合すべく飛翔力を最大限に生かし大陸間を移動する。冬間近になると白鳥などの渡り鳥は、極寒の地シベリアから寒さを避け日本に飛来するが、夏には暑さを避け北へと移動する。また、同じ渡り鳥でも寒さに弱い鳥類もいる。ツバメなどはその類であろう。冬は南方へと移動し、春になると産卵のため戻ってくる。

ところで長い歴史を紐解くと、環境の変化に適応できず絶滅した生物は数知れない。更に現代でも、人間社会の経済成長で犠牲になり、温暖化がもたらす弊害要因が自然界を崩し、多くの生物が絶滅の危機に瀕しているのも事実である。ただなかには、不得手なりに生き延びてきた鳥類もいる。アホウ鳥などはその典型だ。人類の進化成長の過程で絶滅しかけたが、現在に至りその人間の手厚い保護で危機を脱しつつある。

彼らは神より預かりし飛翔能力が、他の鳥類と劣るため俊敏性に欠けている。劣るからとて生きるため、あるいは種族保存のために、どう努力をしてきたのか。外敵から身を守る飛翔能力向上に努めてきたのか。それとも、襲い来る敵を倒す武器を身につけたのか。

しかし考えてみれば、アホウ鳥とて神より授かりし技に優劣を抱かなければ、こんな疑問は湧かぬものだ。そう考えたら、のたまう老若男女の人間とて、何時の時代でも同じであるに違いない。

とかく偉そうに戯言を吠える錆びた輩とて、週末になると断崖絶壁からアホウ鳥の如く遠方を窺うとは言わぬが、部屋の片隅で仏頂面し、終礼チャイムが鳴り終わるや脱兎の如く居酒屋へと駆け勇む。

そして、安酒を喰らい上司を肴に虚仮下ろし、くだを巻くのが落ちであり、躊躇いもなく現を抜かしていることこそ、何とも恥ずかしい限りである。弾む会話が途切れた時、稀有の思いが胸を突き、遥か彼方を覗う酔い目で、昔の己の姿に思いを馳せらせる。





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