第54話

「中を検めてさせてもらった。トラバーニ伯爵と某貴族とのやり取りと思しき手紙だ」


 男が声を張り上げた。そのあとを、エルクシードが引き継いだ。


「トラバーニ伯爵の不正を暴いたのもおまえだな。シャンデリアの一部にあらかじめ紙でできた袋状のものを取りつけた。ろうそくの炎で接合部が燃え、中身がばらまかれる細工になっていた。だから、一部の紙は燃えていた。花火を仕掛けたのもおまえだろう」


「その手紙は万が一の時の保身のためにね。そんな手紙ひとつで俺が花火を仕掛けた証拠にはなり得ないけれど」

「これから取り調べれば分かることだ。だが、大広間での騒ぎは、用意周到過ぎた。カードの第一発見者の声。まるで用意された台本のように人々はおまえの手のひらで踊った」


 あのとき、確かに男の声が大広間の人々の行動の先を促していた。

 台本のような、というエルクシードの言葉はまさにぴたりと当てはまる。喧騒の合間をすり抜けるような声に、人々は翻弄され続けていた。


 リリアージェはあれが誰の声だったのか覚えていない。

 もしかすると、すでにダリアンは変装をしていたのだろうか。であれば気が付かない可能性の方が高い。


「どうして、俺に目を付けた? 俺はうまく立ち回っていたけれど」

 ダリアンはいたずらがバレた子供のような顔を作った。


「私からすれば、おまえは胡散臭かった。それだけだ」

「それだと理由としては弱いけれど」

「リリアージェにちょっかいをかけていただろう。私にはそれだけで十分動機になりえる」

「ヴィワース子爵はリリアージェのことが大好きなんだね」

「悪いか。それと、呼び捨てにするな。彼女をそのように呼んでいいのは私だけだ」


 エルクシードの声がぐっと低くなった。


「要するに、奥方に言い寄る男が気に食わないから、あらを探していたって、そういうこと?」

 ダリアンの直球な問いかけにリリアージェのほうが恥ずかしくなった。


「おまえは全方向に対して、隙が無さ過ぎた。人々が求める音楽家の顔を張り付かせ、短期間のうちに宮殿に居場所を作った。いや、スフェリの上流社会に、その名を轟かせた。皆、おまえのことを褒めたたえ、挙句宮殿の中をうろちょろしていても、誰も気にも留めない。そして、セルジュア出身だというのに南部の発音が隠しきれていなかった」


 エルクシードがつらつらと理由をあげていった。

 それはすべてが些細なものだった。確かに、ダリアンはするりと人の懐に入り込むような性質の男だった。特に、女性たちは彼をちやほやして、彼の「音楽家として多くのものを見て吸収したいのです」という声に感銘を受け、積極的に宮殿内を案内していた。


 物珍しいから散歩をしているだけ、と言いつつ宮殿内の土地勘を養っていたのだろう。

 人畜無害そうな外面に完璧に騙されたというわけだ。


「音楽家としての顔が売れれば売れるほど、盗みを働くのも簡単だろう。人々はおまえを喜んで屋敷に招き入れる。マリボンでセルディノ家に大泥棒が盗みに入ったあの日も、おまえは仮面舞踏会に招待をされていた」


 マリボンの夜ということがリリアージェの中で引っかかった。


(あれ……そういえば、あの日わたくし……)


 リリアージェはエルクシードの隣で考え込んだ。エルクシードに余計なことを言わせてしまったことに落ち込み気を紛らわせるために宿の中庭を何とはなしに歩いた。


「あなた! もしかしてあの日、木の影から出てきた人と同一人物⁉」


 突如ひらめいたリリアージェが素っ頓狂なを声を出した。


「あはは。ようやく思い至ったようだね。あのときはひやひやしたよ。ヴィワース子爵夫妻が同じ宿に泊まっていたことは知っていたから、翌日きみに挨拶しに行ったんだ」

「あれ、わざとだったのね」

「俺の顔を覚えているかどうか、確認をしにね」

「なんの話だ、リリー」

「ええと……」


 エルクシードがリリアージェを見下ろした。何か、背筋がぞくりとした。

 リリアージェはさらりとした声で簡潔にマリボンでの夜の散歩について語った。全てを聞き終えた彼は渋面を作った。


(これは……嫌な予感)


 間違いなく、あとでお説教をされるだろう。夜にふらふらと出歩いたのはリリアージェの方だ。しかも侍女もつけなかった。過ぎたことだし、長いお叱りは勘弁願いたい。


「なるほど、私の妻が目撃者だったというわけか」

「ヴィワース子爵はあの日、一人だったね。こんなにも可愛い妻を放っておいて、自分一人だけお楽しみはいただけないな」


「私のは遊びではなく、任務だ。トラバーニ伯爵とセルディノ公爵との関係を探っていた。お前が盗んだものは、トラバーニ伯爵が秘密裏に売りつけたエルメニド由来の美術品だろう。セルディノ公爵は盗難に遭った品についてなかなか口を割らなかった」


「そりゃあそうだろうね。後ろ暗い品に手を出しているのだから」

「新聞社に犯行声明文を送りつけていたのも、世間に対するアピールか」

「まあね。被害者たちは品物が品物なだけに被害を報告しないからね」

「酔狂だな。好んで人々の注目を集めるとは」


「こればかりは性格によるよね。トラバーニ伯爵から盗品だと知りつつ美術品を買っている連中への牽制もしたかったし。統治領を治めるブリュネル公爵は、あんな輩をのさばらせる無能と来たものだ」


 そのときはじめて、ダリアンの瞳が剣呑に光った。

 そこには明らかな敵意があった。


「こちらも独自に調査を進めている最中だった」

「けれど、俺のもたらした書類が決め手になっただろう?」


 ダリアンが勝ち誇るように、口角を持ち上げた。

 エルクシードが口元を引き結ぶ。

 それを目にしたダリアンが愉快だと言わんばかりに「はっ」と息を吐いた。


「やはり無能だよ。エルメニドは海賊が作った国だ。奪われたものは取り返す。それが性分であり、俺たちの流儀だ」

「それは侵略戦争のことを言っているのか?」

「国のお偉方の考えなんて知らないよ。俺はただ、俺の周りしか興味が無い」

「もういい。連れていけ」


 エルクシードが話を切り上げた。衛兵たちが動き出す。釣られてダリアンも歩き出した。

 衛兵たちが去ってしまうと、エルクシードの部下が近寄った。


「絵画が盗まれた部屋に、これが」


 差し出したのは先ほどとは別のカードだった。

 エルクシードはちらりと一瞥をした。彼はリリアージェから離れて、その場に居残った男たち数人と話し込む。


 やがて、彼らが散り散りに歩き始めた。

 まだ、頭の中が大混雑をしていた。まさか、ダリアンが大泥棒だっただなんて。それに、トラバーニ伯爵は一体何をしたのだろう。彼の名前はリリアージェも聞いたことがあるし、何度かサロンで見かけ、挨拶もした。ダリアン唯一のパトロンだった男だ。


「リリー、送っていく」

「ありがとうございます」

「歩きながら、色々と話を聞かせてもらう」


(うっ……)


 怒られる予感がしたリリアージェは恐る恐る、エルクシードを見上げた。ばっちり目が合ってしまう。心配してくれているのは分かるため、リリアージェは彼のお説教に甘んじることにした。とはいえ、きちんと主張するところはする所存だが。

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