第21話
「今日の茶会では……どのような話題が出たんだ?」
エルクシードが話題を変えた。
いつまでも落ち込んでいると、それはそれで彼に慰めてくれと訴えているようにも思えて、リリアージェは明るい声を作った。
「そうですわね……今期の社交界で流行りそうなドレスの色や意匠……それから、大泥棒の話と」
「ご婦人方の間でも話題に上るのか」
「あのお芝居のことも話に上がりましたわ。ああそれと、今年の注目は何といっても、麗しのヴァイオリン奏者なのですって」
「ヴァイオリン奏者?」
「ええ。なんでも、今年に入って急に現れた腕利きのヴァイオリン奏者なのだそうですわ。マリボンで開かれる音楽会への出演も決まっているのだとか」
流行を作り出すのは上流階級の女性たちだ。サロンは情報交換の場でもあり、社交シーズン初めのこの時期、この手の話題が多く口にのぼる。
そして、芸術家がもてはやされるのも社交界のお決まりであろう。
ブリュネル家はあまり華やかな社交を好む家柄ではなかったが、この手のことに熱心な金持ちは、自分が目にかけた絵描きや音楽家がもてはやされることに生きがいを感じるらしい。
「すでにその方のヴァイオリンを聞いたご婦人の周りには人だかりができておりましたわ。音色も素晴らしいのですけれど、お顔も素敵なのですって」
「……」
「中性的な面差しに、柔らかなで優しい表情。そして声もうっとりするほど素敵なのだと」
「……」
リリアージェは今日聞きかじったことを話した。
そのご婦人は、始終うっとりとした顔を作っていた。それほどまでによい顔をしているというのなら、会ってみたい気もする。それに、社交界の話題だというのなら、情報収集は必要だ。ご婦人方に話題を提供するのもサロンの主催者の務めである。
しかし、エルクシードの反応は芳しくなかった。
リリアージェだけが一方的に話した体になってしまった。
「……そうか。たくさんの情報が飛び交って、有意義な時間だったようだな」
少々ぎこちないが、エルクシードが微笑んだ。ちゃんと聞いていたらしい。
「ええ。皆さん、話題が豊富でわたくしは聞き手に回るだけでしたわ。サロンの主催者はお客様を楽しませるために、話題を提供したり、人を呼んだり。わたくし、とても勉強になりました」
エルクシードと話をしていたら、気が紛れてきた。落ち込んでいても仕方がない。早く気持ちを切り替えないと。そんな風に思い、改めてあたりを見やると、影がだいぶ伸びている。ずいぶんと長い時間が経過をしていたようだ。
「あら、大変。だいぶ時間が経過をしてしまいましたわね。わたくし、もう行きますわ」
リリアージェはすっくと立ち上がった。
「よければこのあと、食事でも一緒にどうだ?」
「今日はごめんなさいですわ」
さすがに疲れを感じている。リリアージェが即答をすると、彼は気を害した風でもなく「急に誘ってすまなかった」とむしろ謝られた。
確かに大分突然だった。それくらい、落ち込んでいるように見えたのかもしれない。
リリアージェが歩き出すと、彼も隣に続いた。
「また手紙を書く。予定を合わせて食事に行こう」
「わたくしよりも、お母様と一緒に過ごしてあげてくださいな。お母様は意地っ張りですけれど、エルクシード様のことも大好きですのよ」
リリアージェはかねてから考えていたことを口にした。自分にばかり構うのもいいけれど、エルクシードはこれまでヘンリエッタとの時間もあまりとって来なかったのだ。
今後は彼女との時間も大切にして欲しい。
「母上にはどうにも嫌われているようだが」
「お母様は素直になれないだけですわ。せっかく王都にいるのですから、是非お母様との時間をたくさんとってくださいな」
「わかった」
素直に頷いたエルクシードに、リリアージェも淡く口を緩めた。
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