第18話
別の日、リリアージェはガルソン夫人と一緒にクラウディーネ主催のお茶会の話し合いに参加をしていた。宮殿勤めの一般女官を相手に、当日のメニューや給仕の仕方、会場の飾りつけなどを決めていく。
リリアージェがこの場に参加をしているのは、女主人として同じような采配が出来るようになるためだ。
クラウディーネの意向はあらかじめガルソン夫人に伝えられているため、彼女が主導し、取り決めをしていく。
お茶会一つとっても決めることは多岐にわたり、リリアージェも必死になってついていく。茶器や食器を決めたり、部屋に飾る花を決めたり、細かいことにまで気を配らなければならない。
ヘンリエッタが開く茶会はどれも小規模で、招待客もあまり多くなかった。リリアージェは彼女が家政頭と相談しているところも目にしていたから、なんとなく分かったつもりでいた。しかし、何となくは所詮何となくでしかなかった。
(お茶会って大変なのね……)
しかも、ガルソン夫人は時折リリアージェにも意見を求めてくるから気が抜けない。
リリアージェが宮殿に上がってそろそろひと月半になる。リリアージェもクラウディーネの話し相手として、彼女の好みを意識しつつ、意見が求められるのだ。
「次のお茶会は参加人数が多いですから、ヴィワース夫人も気を引き締めて頂戴ね」
「わかりましたわ、ガルソン夫人」
すでに多くの貴族たちがスフェリに集まっている。
スフェリは本格的な社交シーズンに入った。
リリアージェはエルクシードの妻ということで、宮殿ではヴィワース夫人と呼ばれている。
離婚猶予期間云々という話はごく近しい人間しか知らないことなので、ヴィワース夫人として認知されることは複雑な反面、致し方の無いことだ。
話し合いが終わり、宮殿奥へ戻ると、クラウディーネは他の女官たちと談笑をしていた。
リリアージェ以外にも、彼女の話し相手として側に侍る貴族階級の夫人が幾人かいる。皆クラウディーネよりも年上の既婚女性たちだ。彼女たちは新参者で行儀見習いという不思議な立ち位置のリリアージェにも優しく接してくれている。
「ちょうどよかったわ、今から娘たちの顔を見に行こうと思っていたのよ。あなたもいらっしゃい、リリアージェ」
「はい」
クラウディーネはリリアージェに気が付いて、声を掛けてくれた。年下のリリアージェのことを妹のように可愛がってくれるため、少しこそばゆい。
領地にいた頃は、ヘンリエッタが気を利かせて話し相手を連れてきてくれた。ブリュネル公爵の親戚筋の娘だったりしたのだが、彼女たちもそれぞれ年頃になれば社交デビューを果たし、婚約し嫁いでいった。必然的に婚家での生活が忙しくなり、手紙のやり取りのみとなってしまった。
リリアージェは恐れ多くも、クラウディーネを姉のように慕い始めている。
彼女は十六の頃ニコライと結婚をし、すでに二児の母でもある。
「お茶会の準備はどう?」
「今日は当日提供をするお菓子について話し合いました。今スフェリで流行をしているお菓子を取り入れるそうですわ」
「それは楽しみね」
「はい。ライア酒とレモン風味のケーキなのですわ。スポンジ生地の上に砂糖で衣掛けをしまして、色をいくつか変えたものを用意するとか」
「美味しそうね」
気候的にレモンなどの柑橘類がよく取れるのがサフィルの特徴だ。そのため、これらを使った料理や菓子が多い。これはサフィル含めた周辺諸国での伝統でもある。ライア酒とはレモンの仲間である果物を使って作られた酒のことだ。
「わたくし、お茶会でこんなにもたくさん決めることがあるなど思いもしませんでしたわ」
「慣れれば大丈夫よ。あなたもいつかは自分の屋敷で茶会を開催するようになるわ」
「こちらでの経験が役にたちそうですわ」
他の女官たちは二人の会話を微笑まし気に聞いている。
宮殿の奥に設えられている子供部屋に入ると、小さな王女がきゃっきゃと騒ぎながら突撃をしてきた。
「まあまあ。元気がいいわね」
クラウディーネは自分に向かって突進してきた娘のためにその場に屈みこむ。
普段専任の乳母に世話を任せているとはいえ、小さな娘はクラウディーネが母であるとちゃんと覚えている。遠慮なしに抱き着き、頬を摺り寄せる愛らしさにリリアージェは破顔した。
「わたくしの可愛い子。いい子にしていたかしら?」
「わたくち、いい子よ。おかあちゃま」
二歳半の王女は舌ったらずな口調で返事をする。
娘の返事を聞いてクラウディーネが彼女の頭を優しく撫でた。そうすると、今度は乳母に抱かれた下の王女が「あー」と声を出し自分も、と主張をする。
リリアージェたち女官は最初こそ同じように王女たちと交流をしていたが、十分ほどで部屋から退出をした。
大勢だと幼い子供たちの気が散ってしまうからだ。忙しいクラウディーネが娘たちに割ける時間はあまり多くはない。
女官たちが歩く最後尾につきながら、リリアージェは先ほどの光景を思い出す。リリアージェと少ししか年が変わらないのに、クラウディーネは母親の顔をしていた。
同じ政略結婚をした身なのに、彼女はリリアージェの一歩も二歩も先をいっている。
ヘンリエッタがリリアージェを宮殿に上げたのは、離婚後の醜聞を避けることと、人脈づくり、それから子を持つクラウディーネの側にいることで、妻というものを身近に感じさせることだ。クラウディーネとの年の差は三歳。自分に置きかえてみる場面が多々あった。
自分もいつか、子を持つのだろうか。それは一体誰の子どもなのだろう。
うまく想像が出来なかった。
いいや、違う。エルクシード以外の男性を頭に想い浮かべようとしても、靄がかかったように、何も浮かび上がってこなかった。
リリアージェは慌てて頭を左右に振った。想像がふわりと舞い、霧散した。
今は考えても仕方のないことだ。
近くの貴族夫人が不思議そうに顔を向けてきた。
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