第17話

「数か月前からスフェリを騒がせているんだ。盗みに入った後で、わざわざ犯行声明文を新聞社に送る。また、被害者の屋敷にもカードを置いていく。すべて同じカードだ」


「一体、どのような目的があるのでしょう」

「なにか共通点があるのだろう。新聞でも色々と説を唱えているようだが、今のところ裕福な家ばかりだということくらいしかないな」


「貴族ばかりではないのですか?」


「いや。爵位の有無は関係ない。貴族の家や軍人、商人など。それなりの財産を持つ家ばかりだ。市井の人間の中には、義賊のようだともてはやす者もいるらしい」


 リリアージェは無難に頷いておいた。それにしても、いささか酔狂な泥棒である。普通、盗みに入るのであれば、事件が発覚しないよう細心の注意を払いそうなものだが。

 謎に包まれた行動をするからこそ、芝居のネタにでもしたくなるのだろう。確かに想像力を駆り立てられる。


「この話はここまでだ」

 確かにお茶とケーキのお供にするには似合わない話題だ。


「そういえば、エルクシード様は旧王都には行かれたことがありますの?」

 スフェリは新王都なわけだから、当然遷都以前の王都も存在をする。


「ああ。あそこには有力な貴族が住んでいるし、ここから馬車で一時間ほどの距離だから、夏の社交場としても人気がある。オペラや演奏会が開かれる」

「……」


 それは絶対にリリアージェ以外の誰かと一緒に行ったということではないか。自分で聞いておきながら、腹の中に小石が溜まっていくような感覚に陥った。


「リリアージェ?」

「何でもありませんわ」


 ぱくりとリリアージェはケーキを口に運んだ。少し大きく切り過ぎたようで、口の中がクリームでいっぱいになる。


「リリアージェ、ここにクリームが」


 やおらエルクシードが腕を伸ばし、リリアージェの口の端についたクリームをぬぐった。

 それだけでもびっくりなのに、彼は指についたクリームを舐めてしまった。たったそれだけの仕草なのに、妙になまめかしく感じてしまい、心臓がきゅっと掴まれたような心地になる。


「あ、あなた……。な、慣れていますのね。どうせ、マリボンのオペラや演奏会だって、いろんなご婦人とご一緒したのでしょうね」


 エルクシードの些細な行動に、振り回されているのが悔しくて、つい嫌味をたたいてしまう。


「まさか。こんなこと、きみ以外にはしたこともない。それに、マリボンに行くのも仕事が主だ。遊んだりはしない」

 マリボンは旧王都の名だ。

「ふうん……」


 リリアージェはまだ疑わしい目つきをエルクシードに送った。

 何しろ、彼のことなんてとんと知らないのである。ずっと離れて暮らしていたのだから、彼が遊んでいたってわからない。


「この数年間、殿下の側近として政の経験を上げることに腐心してきた。どうしても必要な社交の場に顔を出すことはあっても、挨拶だけ済ませて帰ることのほうが大半だ」

「別に、わたくしに対して言い訳はいりませんのに」


 これではまるで、リリアージェが嫉妬深い妻のようではないか。


「ちゃんと、知っておいてもらいたい。私にはきみ以外いらない」

「――っ!」


 艶やかな声を出されたリリアージェは思わず呼吸を止めてしまう。

 顔が瞬く間に染まってしまう。初心であることは十分に自覚をしている。ブリュネル公爵家の領地で温室栽培されたのだ。


「く、口がお上手ですこと。さすがは年の功ですわね」

「きみから年寄り発言をされると傷つく」


 咄嗟に、顔を横に向けつつ憎まれ口をたたいてしまった。こんなの、反則だ。

 エルクシードの肩が目に見えて分かるほど沈んだ。少しだけ居たたまれなくなった。


 どうにも調子がくるってしまう。もっと、義務だの務めだの、前面に押し出してくれれば、リリアージェだって、冷静にいられるのに。


 十六歳の頃に聞いた彼の言葉が耳から離れないのに、今こうして接している彼との距離感にどんどん心を開いてしまう。


 どうせ別れるのだからと、心に決めているせいかエルクシードに対しての言葉からどんどん遠慮が無くなっていって。それに対して彼は怒るどころか、楽し気に返事をしてくるから、余計に会話が弾んでしまう。


 まずいと思っているのに、深みにはまってしまうのだった。

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