第14話
どうして、彼はこんなにも無防備に微笑むのだろう。本当は、茶番に付き合うことなど面倒なだけのくせに。
つい、顔を曇らせるとエルクシードが思案気な顔を作った。
「なにか、あったか。子羊は昔から好んでいただろう? それとも、付け合わせがきらいだったか? きみのきらいな茸は入っていないはずだが」
「なっ……どうしてそれを」
驚いたリリアージェはエルクシードを凝視した。
「昔、手紙で書いて来ただろう。茸が嫌いだと。母上に好き嫌いはだめだと諭されるが、嫌なものは嫌だって」
「今すぐに忘れてくださいませ!」
昔のリリアージェは一体なんてことを手紙に書いたのだ。そしてエルクシードはどうしてそんなことまで覚えているのだ。恥ずかしすぎて今すぐに彼の記憶から消し去ってしまいたい。
「きのこ類が出たら私がリリアージェの分まで食べるから大丈夫だ」
「そういう問題ではありませんわ!」
エルクシードが楽し気に口元を緩めるから、リリアージェは余計に恥ずかしくなる。
せいぜいこっちもからかってやるんだから。そう決めてリリアージェは一生懸命にエルクシードとの食事を思い出す。
頭の中の記憶の棚を必死になって漁っていて、ふと思い出した。
(そういえば、彼は羊肉はあまり得意じゃないって言っていたような……)
いつの頃の記憶か。忘れてしまったけれど、何かの折にそのような話になったような覚えがあった。
まじまじと彼の皿を注視する。エルクシードもリリアージェと同じものを食べている。
なんとなく、赤葡萄酒に口を付ける回数が多い気がする。
そういえば、リリアージェはエルクシードの好みをあまり知らない。昔は、彼によく手紙を書いた。その中で自分のことは沢山書いたけれど、エルクシードからの返事には特定の好みについての記述はなかった。食卓に出たものは卒なく食べていた記憶しかない。
「エルクシード様は何が好物ですの?」
単純に、疑問に思って尋ねてみた。
「肉でいうなら牛だろうか。あとは、鳥のレバーも好みだ」
初めて聞く彼の好みだった。だったら、次の食事の際は牛肉をメインに使った料理にしてもらおう。ただ、レバーは好きではないため、要相談だ。
リリアージェはエルクシードに合わせてゆっくりとメイン料理を味わった。
完食をすると、デザートが供された。季節を先取りした、氷菓子だった。淡い赤色をしたそれは、苺を使ったものだった。
リリアージェは瞳を輝かせた。苺は大好きだ。それに氷菓は今日のような陽気にはぴったりだ。
(我ながら単純だけれど、今日は好きなものばかりで嬉しい)
そう、最初から最後までリリアージェの好きなものばかりだ。
そっとスプーンですくって口の中へ入れると、舌が甘さと冷たさに魅了される。
「美味しい」
「そうか、よかった」
優しい声に思わず顔を上げてしまった。するとエルクシードと視線が合わさった。どうしようもなく、胸がざわついたのは彼が本当に柔らかい顔を作っていたから。今日何度目なのか分からない。
リリアージェはデザートに集中することにした。これが終われば解散だ。これ以上ペースを乱されることもない。
「こっちも食べるか?」
彼の前には、苺味ではない氷菓が置かれている。
「わたくし、そこまでくいしんぼうではありません」
「そうか。昔は遠慮なく平らげていたものだが」
「いつまでも子ども扱いしないでください」
「ああ。きみはもう、素敵な淑女だ」
「なっ……」
さらりと言われて、二の句を継げなくなる。子ども扱いしたと思ったら、そんなことを言うだなんて。
「そんなにも食べてほしいのなら、食べて差し上げますわ」
なぜだか怒った顔でリリアージェは結局エルクシードの分のデザートまで食べてしまった。
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