第13話
それから二日後、リリアージェはエルクシードと一緒に昼食をとることになった。
宮殿には貴族階級に開放されているサロンがいくつもある。そのうちのひとつに、リリアージェは案内をされた。
「今日の装い、よく似合っている」
エルクシードは、リリアージェを一目見るなり褒めてきた。
(この人、本当にあのエルクシード様?)
心の中で、だいぶ失礼なことを考えていると、その彼が瞳を細めた。柔らかな表情に胸がとくんと高鳴った。彼は昔と同じように、優しい目でリリアージェを見つめている。
ここ二年ほどは、あまり目を合わせてくれなかったのに。大司教効果はすごいな、と感心してしまった。
この季節、新緑が美しいこともあり、薄い緑色のドレスを選んだ。黄色が強い緑色は目にも優しい色をしている。
「少し子供っぽいかなと思ったのですが、褒めて頂いて嬉しいです」
リリアージェはふわりと微笑んだ。対外的な笑みである。彼が特別だからというわけではない。
ドレスは宮殿に上がる時に、ヘンリエッタがたくさん持たせてくれた。娘のためにドレスを選ぶことが嬉しいの、と嬉々として支度を整えてくれたため、とっても衣装持ちだ。
「晴れてよかった」
壁一面のガラス戸が解放され、大理石のテラスの上に、テーブルが設えられている。パラソルが日差しを遮ってくれるため、晴天だが日差しが眩しいほどでもない。
「ええ」
たしかに、天気が良いだけで笑顔も浮かぶというものだ。
空までエルクシードに味方をしたようだ。なにか、悔しい。
とはいえ、昼食を了承したのはリリアージェ。せいぜい、頑張ってご機嫌取りをすればいい。
(わたくし、ちょっとやそっとのことではほだされないんだから!)
気合を入れている時点で、その決意の足元がぐらついていることに、リリアージェは気が付いていない。
「宮殿での生活はどうだ? 足りない物はないか。遠慮しないで言ってほしい」
「大丈夫ですわ。身の回りの品々はお母様がきちんと用意をしてくださいましたし、ブリュネル公爵家より、馴染みの侍女も連れて来ていますので、気兼ねなく過ごすことができていますわ」
リリアージェ自身、身分が高いため、宮殿での待遇は良い。与えられた部屋は続き間で、上等な部類である。
「そうか。だが、まだ慣れないこともあるだろう。私でよければなんでも相談に乗る」
「確かに初めてのことだらけですが、楽しくもありますわ。クラウディーネ様はとてもお優しいのです。今は、宮殿に仕える人々の顔と名前を覚えておりますの。わたくしも、一応女官の一人ということになるのですが、女官にもいろいろと位があるのですね」
「そうだな。きみのように身分の高い家から選ばれる上級女官と、下位貴族や商家などから選ばれる一般女官に分かれるな」
「わたくし、早くクラウディーネ様のお役に立てるよう頑張りますわ」
やる気を出すと、エルクシードがさらに瞳を細めた。微笑ましいものを見る目つきである。どうやら力み過ぎてしまったようだ。
リリアージェは慌ててすました顔を作り、グラスに手を伸ばす。
前菜に舌鼓を打ちつつ、リリアージェはエルクシードが話す、宮殿政務棟についての話に耳を傾ける。
政務棟はその名の通り、国の政を行う場所である。
ここは宮殿の奥とは違い、多くの人間が行き交う。まさに国の中枢部。おそらく、リリアージェが足を踏み入れる機会はないだろう。
「せっかくですから宮殿の隅々まで探検してみたかったのですが」
「政務棟は男が多い。きみにとってもあまり面白いところではないだろう」
「面白いかではなく、単純に宮殿のいろいろなところを歩いてみたいと思っただけですわ。けれども、政治の邪魔をするわけにはいきませんもの。小娘の戯言と、お忘れくださいな」
話をしているうちにメイン料理が供された。子羊をオーブンで焼いたものだ。香草の香りがふわりと漂い、胃を刺激する。
子羊は好物でもあるため、リリアージェは瞳を輝かせる。
良い色に焼かれたそれをナイフで切り分け、口の中に運び入れる。じゅわりと肉汁が口いっぱいに広がった。きゅっきゅと噛みしめ、幸せを実感する。
(んん~、幸せ! やっぱり美味しい食事は癒されるわ……って、なにわたくしは料理一つで気分を良くしているのよ)
うっかり幸福感に浸ってしまった。慌てて顔を引き締める。
しかし、もう一口食べて再び顔を緩める。公爵家の料理番の腕も良かったが、さすがは宮殿。カリッと焼かれた子羊肉のあばら部位が美味しすぎてたまらない。
「美味しいか、リリアージェ」
「ええ。もちろんですわ」
張り切って答えてしまうリリアージェである。
「よかった」
エルクシードが目を細めた。穏やかな顔に、ハッとしてしまう。
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