第6話
会うたびにリリアージェは美しく成長をしていった。
背が伸び、大人びた顔になり、女性らしい柔らかな肢体へと変化を遂げていく彼女が眩しかった。
社交デビューを迎える十六歳の頃になると、もう彼女を子供だとは思えなくなっていた。
「はい」
目の前に座るリリアージェが今、何を考えているのか。エルクシードは推し量ることが出来ない。
「私と離婚をしたいというのは、本心なのか?」
静かに、けれどもよく通る声を出せば、隣で息をひそめる気配がした。
エルクシードはそれに気が付かない振りをして、ただ真っ直ぐに正面を見据えた。
リリアージェは彼の眼差しを静かに受けとめた。
「はい」
静かに、是と答えるこの返事にエルクシードはショックを受けた。
「きみと私はサフィルとセルジュア二国間の政略結婚だ。そのことは理解しているのか?」
痛む心を押し殺し、エルクシードは互いを取り巻く環境を説いた。
「あちらへはお母様が書簡を送ってくださいましたわ。セルジュア王家としては、わたくしが帰国をしなければ問題ないそうです」
リリアージェはよどみなく答えた。
エルクシードも事情は知っている。この婚姻に、当時まだ年端もいかなかったリリアージェが選ばれた理由が何であるのか。隣国の王家の事情も耳に入ってきていた。
おそらく、セルジュア王家としてはリリアージェがこの国に留まるのであれば、彼女がどうしようと構わないのだ。
「もちろん、サフィル王家の承諾は得ていますわ。幼いころの結婚なのだから、こういうことも致し方ないだろうと、陛下も妃殿下も理解を示してくださいました」
「なるほど。根回しはすべて済んでいるということか」
リリアージェはそっと目を伏せた。
そこまでしてリリアージェは己から離れたいと、そういうことなのだろう。
ある年を境に、彼女は急によそよそしくなった。十六歳の、彼女がスフェリに滞在をした年のことだ。社交デビューの練習を兼ねた園遊会を催した直後のことだった。
美しく花開いたリリアージェを眩しく思うと同時に、エルクシードは恐れていた。大人になった彼女の美貌を他の男が見つけてしまうことを。そして、彼女が己ではなく、他の男性に心をときめかせてしまうのではないかということを。
現にリリアージェはあの園遊会を境にエルクシードに対して素っ気なくなった。頻繁に送られてきた便りは季節の変わり目ごとに挨拶文が届く程度になった。あの年だって、結局はすぐにヘンリエッタと共に領地へと帰ってしまった。
エルクシード自身、美しく成長したリリアージェにどう接していいか、感情を持て余し、少々ぎこちのない態度になってしまったことは否めない。世間では十六歳で嫁ぐ娘も少なくなく、周囲も二人が本当の意味で夫婦になることを期待していた。
「はい。お母様が尽力してくださいましたわ」
「あの人の差し金か……。それで、きみは私と離婚をして、どうするつもりだ?」
つい詰問する口調になってしまった。
エルクシードは母、ヘンリエッタが何を期待しているのか、きちんと把握をしていた。それでも、動くことが出来なかった。
純粋なリリアージェに、男の欲望を知られるのが怖くもあった。彼女を抱いて、嫌がられる素振りを見せられでもしたら。それを思うと手を伸ばすことが出来なかった。
もしも、彼女を求めて嫌悪されたら。エルクシードは彼女の前では、よい大人でいたかったのだ。おそらく、恰好をつけていたかった。純粋に慕われていたかった。
「ヘンリエッタお母様は、わたくしをブリュネル公爵家の養女にしてくださるそうです。大変ありがたいお申し出ですので、受けさせていただきたいですわ」
「なっ……」
「お母様はわたくしの花嫁姿を見たいとのことですので、お母様の夢を叶えて差し上げたいと思いますわ」
予想もしない展開にエルクシードは短く息を呑んだ。
養女? 花嫁姿? 何を勝手に話を進めているのだ。リリアージェを別の男にあてがうなど、エルクシードは許せるはずもない。
身体中の血液が沸騰しそうな気持ちを必死で抑え込み、エルクシードは低い声を出す。
「花嫁衣装が見たいのなら、私との結婚式でいいだろう」
「ですが……、お母様はわたくしの夫にエルクシード様は相応しくないと大層ご立腹していまして」
「どうして、そこで母上が出てくる。私たち夫婦に、あの人は関係ないだろう」
「わたくしを今まで大切に育ててくださったのはお母様ですわ。わたくしにとっては本当のお母様のように大切な存在ですの」
リリアージェはきっぱりと言った。
遠回しに、あなたには放っておかれたのだと非難をされているように感じて、エルクシードは押し黙る。
「わたくし、寂しそうなお母様のことをずっと見てきましたの。それに……わたくしも思いましたわ。誠実でいつも側にいてくれる夫のもとに嫁いだ方が、心穏やかに過ごせるのではないかと」
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