第22話【おい、田中おい】
試合開始から一分弱が経過したが、田中さんとムサシ、両者微動だにせず。真剣勝負の最中、田中さんには申し訳なく思うが、俺は密かに懸念していた。
このままでは事故動画になると。
威嚇するなり、牽制するなり、何かアクションを起こしてくれないと、動画として成り立たない。いやね、解るよ田中さん。一歩でも動いたらどうなるか? そんな恐怖と対峙しているのはじゅ~ぶん、解る。でもね、田中さん。少しは動こうよ。
彼の心境を代弁させてもらうと、
『な……何だ、この娘は? 隙が、隙がまるで見当たらない。そしてこの闘気……師範代以上だ』
みたいな事を思っているんでしょうけど、お願いです、動いて。
言いたいけど言えないジレンマが沸き上がり、田中さんに対してイラついてきた。
おいおい、アンタの目の前に居るのは小娘だぜ? しかもムサシは菜箸だぜ? 何ビビってんだよ。チッ……おい! 田中! 何でもいいから動け、このボケナス! そんなだから、その年で彼女の一人もできねーンだよ、お前は!
心中で怒り心頭になっていたその時、「キエエェェェ────!」と田中がカナキリ声でやっと気合いを叫んだ。(声高ぇな)直後、上段の構えから垂直にムサシの頭上へ竹刀を振り下ろした。
しかし──
「──なっ!」
田中の振り下ろした竹刀は、ムサシの右手に持つ菜箸になぎ払われ、回転しながら道場の隅へ飛んでいった。そして、ムサシは真上にジャンプし、左手の菜箸を田中の頭上に向けて、振り下ろした──
美しい太刀筋が、頭部を通り過ぎた瞬間、田中は前のめりに倒れた。
「一本! 勝負あり!!」
審判役の門下生は田中に近付いて状態を確認した。ここからでも分かるが、白目むいてて明らかに意識が無い。
「担架を!」
運ばれてゆく田中……あ、田中さん。お疲れ様でした。
ムサシは此方に駆け寄り、サッカーでゴールを決めたかの様に、人指し指にキスをし、天に向けて指差しポーズを披露した。
「はぁい。さてさて、まずは一人目を倒しましたぁ、いえい♪ 相手が竹刀を持ってても、強ければ菜箸で勝てちゃう事を立証しましたぁ。じゃあ続いて二回戦目いってみよぉ~! 次の武器は~、じゃじゃ~ん! コレだぁ!」
ノリノリのムサシが巾着袋から出したのは、なんとゴボウだった。
待て待て待て! 菜箸の次はゴボウだと?
「え? ゴボウ? マジ舐めてんの? そう思った人は多いと思うけどぉ、実はゴボウって結構固いんだよ? ゴボウ舐めてると大怪我するから。これはもはや木だから。じゃあ、二人目もサクっと倒しちゃうぞ♪」
コメント録りを終えて、ムサシはスタスタと道場の中央へ戻った。そこには、この道場が誇る最強の門下生、山田三郎の姿があった。
「ムサシ殿、田中氏を破るとはお見事です。この山田、師範代の一番弟子として、これ以上柳生の看板を傷つける訳にはいきません。女性相手とは言え、容赦は致しませんよ。全力にて、貴女の野望を打ち砕きます」
山田さんは竹刀を手にした。
本気だ。彼は本気でムサシと立ち合うつもりだ。
その気構えを感じたムサシは、「おお~、これは失礼のない様に、あたしもちょっとだけ本気だしちゃうぞ~」と楽しそうな笑顔を見せた。
「これより第二試合を始めます。双方前へ」
山田さんとムサシは、蹲踞の状態から互いに一礼し、スクッと立ち上がった。その体格差は圧倒的で、例えるならクマVSウサギだ。
「始め!」
審判の掛け声で第二試合が始まった。
開始直後、山田さんは上段に構え、「オオオォォォ──────!」と鼓膜が揺れる大声で気合いを発する。山田さん、相変わらず声デカイっすね。
一方、ムサシは先ほどと同じく下段の構えで相手を見据える──
『人を射る、異相の双傍』と云われた目は、今にも「イタズラしちゃうぞ~」と言わんばかりの好奇心に溢れたキュートな目に。不動像を彷彿とさせる、怒髪天は、ローズピンクのキューティクルに包まれたポニーテールに。そして、静虚たる風体と言わしめた巨体は、今にも「抱っこぉ~」と言わんばかりの幼児体型に。しかも、可愛いだけではない。令和の世に現れた宮本武蔵は、しっかりと大地に根を張り、どんな状況にも負けない、たおやかさがある。山田さんの気合いに怖じけづく事なく、ゼリーの様にプルルルンとした唇には、微笑が浮かんでいる。
両者一歩も動かず──
第一試合のデジャブ発生。また硬直状態に陥りそうだ。心の中で山田さんに対して、ディスを交えた独白を始めようとしたその時、その彼が先に動いた。
「ドリャアアアアァァァ────!」
上段の構えから、下段にシフト──意表をついた逆袈裟斬りを繰り出した。その太刀筋はムサシの左脇腹を直撃した──かの様に見えた。
「なっ!」
声を上げたのは山田さんだった。
なんと、ムサシは左の足裏で打突を止めたのだ。そして、低姿勢になっている彼の左即頭部へ、ゴボウを思い切り叩きつけた。
ゴン! という鈍い音が道場に響いた。
「い……一本! 勝負あり!!」
一撃。勝負はまたもや一撃で決着がついた。
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