第8話 【大剣豪、原宿に立つ】

ムサシが居候となってから、一週間が経過した。あれ以来、彼女は部屋から出てこなくなり、SNS三昧の日々を送る引きこもりニートと化していた。


 ちなみに金銭面的な問題はクリアしている。引きこもる前に「これを生活費に」と小判を三枚渡されたのだが、母さんが換金した所、なんと数百万円の価値があったのだ。家賃と食費はその数百万円から出しているので、毎日三食の食事を母さんが部屋まで運んでいる。居候というよりかはある意味シェアハウスの一員だ。


 にしても、あれだな。慶長の人間ですらSNS中毒になると、こうなってしまうのか……SNS恐るべし。


 本人は一切部屋から出ては来ないが、ムサシ宛の郵便物が山ほど届くようになった。ヤッホー、アナゾン、ジョジョタウン、バクテン等、見慣れた通販サイトの段ボール箱が部屋に運び込まれてゆく。彼女はもうネットショッピングをも駆使しているのだ。 


 そう言えば、確か史実で読んだ事がある。


 宮本武蔵は若かりし頃、姫路城の開かずの間で三年間幽閉され、そこで和漢の書物を読み、教養を身につけたと。舞台や映画などで描かれる宮本武蔵は、破天荒で武闘派のイメージが強いが、実は頭脳明晰で結構賢いのだ。ムサシが現代のテクノロジーにも即座に対応出来てしまうのも頷ける。


 


 それから、更に一週間が経過した頃、俺はムサシと共に原宿の地を踏んでいた──




「うっはぁ~! 原宿だあぁぁ!」


 うん、可愛い。どうしようもないくらい可愛い。


 薄桃色だった髪色は、美容院で鮮やかなローズピンクに染められ、大きめのポニーテールに結ばれた。最新のガーリールックを身に纏ったムサシは、原宿に馴染み過ぎて、少しでも目を離したら見失ってしまう程、溶け込んでいる。


 もはや宮本武蔵の姿はどこにもない。SNSによって学んだ歴史、知識、現代の常識。それはかの大剣豪すらも、劇的に変化させた。


「わぁ~、可愛い! やっぱ『百聞は一見に如かず』だねっ! 通販ではわかんない良さがあるよね~」


 フリフリの服を手にして、キャピキャピはしゃぐ彼女を見て、俺は思わず「やはりSNS、恐るべし」と呟いた。


 バッサバッサのまつ毛につけまを追加し、完璧に施されたメイク。これらの全ては、動画サイト、ミーチューブのメイク動画を観て、自ら実践したものだ。女体化した事など一切気にせず、女子の女子による女子ならではの楽しみを余す所なく満喫しているようだ。ある意味、この適応力の高さも、彼女の凄さと言える。


 ところで俺自身も原宿は人生初であり、実を言えば、少しビビっているくらいだ。巣鴨なら、じいちゃんと週一で通っていた時もあったので馴れているのだが……。


 何せ、付き合っている女の子の一人も居ない高一男子だ。一人、もしくは野郎共と、原宿になんて行こうとも思わなかった。しかし、本日の連れは、中身が大剣豪とはいえ、見た目は可愛い女の子。ある意味、これは役得と言える。もしくは棚ぼたか? 


「ねーねー、たっくん。あそこの店に入ろうよ~」 


 ちなみに、たっくんとは俺の事だ。SNSにて現代用語と若者言葉をしっかり学んだ結果、拓海殿から、たっくんに。拙者からあたしに。母上殿からママへと変化し、言動も現代人となんら変わらなくなった。


「はやくはやくぅ」


 うねうねしながら、そう促す。うん、とにかく可愛い。


 コンビニのゴミ箱から救出した時、仮にあれが女体化していない、そのままの宮本武蔵だったとしたら、果たして俺は助けていたのだろうか? 恐らく……いや、間違いなく答はノーだ。絶対に助けてはいない。何せ、オリジナルの容姿は、双眼が茶味を帯び、頬骨が高く、六尺、180センチ近い逞しいゴリマッチョなのだから。そんなイカツいドキュン風体の男が、コンビニのゴミ箱から出てきたら、ソッコーで警察に通報していただろう。やはり、可愛い女の子という事はとてつもなく重要なファクターだ。剣豪マニアを自負する俺だが、剣豪よりも女の子に興味がある事は致し方無い。


 さてと、どんな店をチョイスしたんだ?

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