第2話 疑問するキャラ

「あんた、さっきから何やってんの?」


 ワナイが苛立たしげに言った。ウタガは頭を掻きながら答えた。


「いやー、土を調べれば、何世紀かわかるかもって思ったんだけど」

「えっ? 何世紀ってなによ」

「だから、私たちはここがどこだかわからないから掘ってるんだよ」

「土を調べればわかるの?」

「わからない」


 ワナイはそのままウタガに背を向けて歩き出した。

 そして草原の端まで移動していく。


 あ、草原端には何もない。そのまま何もしないとどうなるんだろう?


 ワナイは画面端まで来た。


「……変ね、ここに壁があるみたいに、これ以上進めないわね」


 なるほど、まだ作られてないからこれ以上進めないんだ。僕が作ってやれば進むのかな。

 

 ワナイには先まで草原が見えているけど、何か見えない壁みたいなモノが存在してそれ以上先には進めないようになっている。


 僕は地形を広げた。森や草原は画面端まで広がっている。

 

「ん? 通れるようになったわ」


 しばらく歩くとワナイは立ち止まった。


「草原ばかりじゃない」


 ワナイはそう言うと空を仰いだ。それから振り返り来た道を戻って行った。


 このゲームは勝手に人が動くように設定されている。ということはそれを利用してやれば、ゲームクリアに近づけるかもしれない。


 僕は敵キャラを作ることにした。どう猛なオオカミを置こう。


 オオカミを森の中に隠して、ウタガとワナイを襲わせるんだ。そうして物語を作っていこう。


 僕はオオカミを作って森の中に置いた。


 ワナイがウタガのほうへ戻って行くとき、急に立ち止まった。

 それから彼女は森を見回している。何かに気づいて警戒し始めた。


「なに? 変な唸り声が聞こえたけど」


 そのとき、オオカミがワナイに飛び掛かってきた。ワナイは柱のように立ったまま動かなかった。オオカミはワナイの腕に咬みついている。


「なにこれ? オオカミ?」


 ワナイはバッグでも持ち上げるように、オオカミを腕に咬ませたまま腕を上げた。


 あれ? オオカミに襲われて、怖がったり痛がったりしないのかな?


「ふーん」


 ワナイはつまらなそうに、オオカミの首根っこを摘まみ上げて森に放り投げた。


「まったく」


 ワナイは何事もなかったように、ウタガのもとへと戻って行った。咬まれた腕は歯型すらなかった。


 あーそうか。痛みとか恐怖を設定してないから、痛がったり怖がったりしないのか。ということは、それらを設定すればいいわけで。


 【ウタガは指でつねったくらいの痛さを痛みと感じる。ワナイは肌から血が流れたら痛いと感じる】と設定した。


 あとは恐怖心か。


 【ウタガは大きいものに恐怖する。ワナイは小さいものに恐怖する】


 大雑多だけど、とりあえずこれでいいだろう。


「あんた、まだ掘ってたの?」


 いつの間にがワナイがウタガのところまで戻っていた。ウタガは体がすっぽりと入ってしまうほどの穴を掘っていた。


「いやー土を掘っていたらついついハマってしまって、ははは」

「あっそう。で、何か見つかった?」

「それがぜーんぜん何も見つからないのだ」

「地層は?」

「さあ、私は地層の見方がわからないのだ」 


 ワナイはため息をひとつ吐き周りを見ていた。


「ねえ、あそこに家があるわ。入ってみましょう」


 ウタガは穴から顔を出して家のあるほうを見た。


「あーホントだねー。じゃあ、行ってみよ―か」


 そう言って、ウタガは穴から出た。

 ワナイは腕組みをしながら家に向かった。そのあとをウタガが追っていく。


 家かぁ、家の中は一応作ってあるから問題ないと思うけど。どうなるんだ?


「すいませーん。誰かいませんかー」


 ウタガは家のドアの前に立って誰かに呼び掛けた。


「誰もいないんじゃない」


 吐き捨てるようにワナイが言う。


「うーん、誰もいないのかな。ノックしてみようか」


 ウタガはドアをドンドンと叩いた。


「すいませーん、誰かーいませんかー」

「誰もいないわね。開けてみましょ」


 ワナイはウタガにあごで促した。


「いやーそれよりも、屋根に登ったほうが早い。あそこに煙突が見えるだろう」


 ウタガは煙突を指さし、それから家の壁を登り始めた。


「え?」


 ワナイはウタガの行動を呆れたように見ている。

 

 わざわざ煙突から入るのか。ドアには鍵は掛けてないし、この家は誰の所有物でもないのに。大体、誰かの所有物だとしたら不法侵入だぞ。


 あ、でも単純に空き家でも侵入すると軽犯罪になるか。


 ウタガは屋根まで登り切ると今度は煙突のほうへ歩いた。それから煙突に体を潜らせて家の中に入った。


 ガチャ。そのとき、ワナイがドアを開けた。


「開いてるわよ」

「……なんだー開いてたのかーいやーはははは」


 と暖炉から陽気な声を上げてウタガは出てきた。


「何もないわね……」


 なるほど、人が中に入ると屋根が透けて家の中が見えるようになるのか。


 あ! そうだ。何か出して置くか。僕はキッチンのところにポットやティーセットや紅茶なんかを用意した。


「おっ、冷蔵庫冷蔵庫」


 ウタガが冷蔵庫のもとへ小走りで向かった。


 あ、そう言えば冷蔵庫の中身、何も表示してない。僕は急いで冷蔵庫の中身に物を書き込んだ。


 【冷蔵庫の中身はミルク、ケーキ、オレンジジュース、あいすく……】


 ウタガは僕が文字を書き切る前に冷蔵庫のドアを開けた。


「おー! なんだなんだ、食べ物だー!」

「うるさいわね、何を騒いでいるのよ」


 なるほど、生き物という物はあらかじめ、腹が減るという設定がされているんだな。作った段階でそうなるように。


 それに一応、日常における基本的な物の名前や会話なんかもあらかじめ設定されているみたいだ。


 じゃあ何で、痛みとかはあらかじめ設定されてないんだ?


「ケーキ―があったのだ。食べようじゃないか」

「毒でも入ってるんじゃないの? 誰の家だかわからないけど……これじゃあ、あたしたちって泥棒じゃない、まったく」

「ははは、いやー大丈夫なのだ。この家に住んでいる人が帰ってきたら事情を説明すればいい」

「ま、どうでもいいけど」


 それからふたりは、テーブルにケーキと紅茶を用意して向かい合って椅子に座った。


 ケーキは三角に切られていて、透明な包装紙が巻かれていた。

 ウタガはケーキの包装紙を取りケーキを食べた。


「お! うまい」


 ウタガはケーキを食べて喜んでいる。イチゴが載っている三角に切られたケーキを頬張っていた。ワナイも頬張り、それから紅茶をひと口啜りながら家の中を見回した。


「変ね……」

「ん? どうしたのだ?」

「何であたしたちがここにいるのかってことが」

「それは、今ここにいるからでは?」

「あんたさー、どうやってこの森に来たの?」

「どうやって? さあ」

「わからないわよね。あたしも記憶がない、ここに来る前まで何をやっていたのか」

「ははは、君は考え過ぎなんじゃないのか。私は過去のことを思い出すことなんてしないのだ」

「はあ、あんたに聞いたあたしがバカだったわ」


 うーん、キャラたちにはここに来た理由を付け加えなきゃならないのか?

 

 何にしようか……。

 僕は適当に理由を付け足してみた。


 【ウタガはドラゴンを倒しにこの森へ来た。理由はドラゴンに彼女を連れ去られたから】

 【ワナイは魔女に会うためにこの森へ来た。理由は子どもだった体を大人にさせられてしまったから】


「あ! 私、思い出したぞ。ドラゴンを倒しにここへ来たんだった」

「どらごん?」

「ああ、私の彼女が連れ去られてしまったのだ、ドラゴンに。それでここに来たというわけだ」

「ふうん、そうなの……あ、あたしも思い出したわ。たしか魔女に会うんだったわ」

「まじょ?」


 と言いながらウタガは紅茶に手を伸ばした。


「ええ、あたし、もともと子どもだったのよ。だけど、魔女の魔法で大人に変えられてしまったのよ、まったく、とんだ迷惑な魔女だわ」


 ワナイはため息を吐いて紅茶を啜る。ウタガは紅茶をテーブルに置き言った。


「なんだーそうなのかー。じゃあ、お互い協力してそいつらに思い知らせてやろうじゃないか」

「あんたと協力? あんたドラゴンと戦うのに何も持ってないじゃない」

「そう言う君こそ、何も持ってないではないか」


 ワナイは自分の体を見回した。


「あたしはいいのよ。だって話し合うだけだから、魔女と」

「私も話し合うだけなのだ、ドラゴンと」

「ドラゴンと会話できるの?」

「さあ、わからないが、やってみる価値はあるのだ」

「まあ、どうでもいいけど」


 そう言って、ワナイは席を立ち、そのまま玄関へ向かった。


「おやーどこに行くのだー?」

「魔女のところよ」

「なら、私も行くのだ」


 ふたりは家の外に出た。ウタガは気持ちよさそうに両腕を上に伸ばした。


「んー……気持ちいい太陽なのだ。暖かくもなく寒くもない」


 ワナイは周りを見ながら何かを感じ取っているようだ。


「なんか変なのよ。空気に味がないっていうか、風がないっていうか」

「ははは、気にしない気にしない。さあ、魔女のところへ向かおうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る