第10話 2章:触手と姫騎士(5)
「だめですよ! ジュン様はあたしのです!」
「いや、赤石のものでもないけどな」
「まあまあ。ちょっと彼を説得してみるから、赤石さんはもう帰っていいわ。あなただって、ジュン君の意思を尊重したいでしょ?」
「え? ちょっ!?」
赤石を追い出した真白さんは、僕のとなりに腰掛けた。
「高校生と比べたらおばさんかもしれないけど……」
真白さんの手が、そっと僕の太ももに添えられる。
「真白さんはそれでいいんですか? それだけ美人なら彼氏だっているんじゃ……」
「いいえ、もういないわ」
「もう? 『今は』ではなく?」
「意外にするどいのね」
意外とは失礼な。
まあ……普段からそれほど感が良い方じゃないけど。
真白さんは、ふと悲しそうな目をし、ゆっくり僕に顔を近づけながら続ける。
「私の地元は青森でね。私が東京で国家公務員になった時から遠距離恋愛をしていた彼氏がいたの」
「それって……」
「害異……ダムレイにやられたわ。故郷の村ごとね」
じゃあ、恋人だけじゃなく家族も?
頭に浮かんだ考えを、声に出すことはできなかった。
「だから私はなんとしても害異を倒したい」
「そんなことのために、会ったばかりの高校生とスるんですか?」
「私はもう大人だもの。合法的に若いコとできるなんて、喜んでるかもしれないわよ?」
「大人がみんなそういう考えみたいに言わんでください」
違うよね……?
「それに、私が姫騎士になれば、すぐに護れるでしょう? ジュン君のことも、私自身のことも」
たしかにそうだ。
真白さんは僕について現場の最前線に出る。
特別な能力を持つ僕や赤石と違い、最も危険なのって実は真白さんなんじゃないか?
「赤石みたいにおかしくなるかもしれませんよ?」
「大丈夫! もともと性欲は強めだから。あ、だからって、誰とでもするわけじゃないのよ? 経験人数は一人だけなんだから」
何が大丈夫なのかさっぱりだが、おどけた口調とは裏腹に、強い決意を感じる。
「わかりました……」
僕が膝に乗せられた手にそっと触れると、真白さんが小さく「ありがと」と呟いた。
その唇が優しく僕の口に重なる。
「たくさん気持ちよくしてあげる」
僕の口内を、柔らかく湿った舌が這い回る。
キスってこんなに気持ちいいの……?
……。
…………。
………………。
めちゃくちゃ気持ちよかった。
脳みそが弾け飛ぶんじゃないかと思ったほどだ。
知らないうちに眠ってしまったようで、時計を見ると午前6時だった。
赤石の時は、朝目覚めると同時に変身したんだよな。
「おはよう。コーヒーでも淹れるわね」
ゆっくり体を起こした真白さんは、手早く下着を身に着け、ワイシャツを羽織った。
ポットでお湯を沸かすその姿は、大人の魅力に溢れている。
これが怪しい施設じゃなけりゃなお良い光景だっただろう。
「体はなんともないんですか?」
「そうなのよね。赤石さんは目が覚めたらすぐだったんでしょ? 条件が最初の体液摂取からの時間なのかしら?」
摂取て。
生々しいんだか、無機質なんだか。
「あれ? そういえば真白さん、僕にメロメロにはなったりしてませんよね?」
赤石の時は、キスだけで人格があやしくなり、一回シタあとにはもう、ほぼ別人って感じだったのに。
「そういえばそうね」
真白さんは自分の眉間を指でつついている。
この調子だと、本当になんともなさそうだ。
「もともと僕のことを好きだったから、変わらないパターンとか」
マンガなんかだとたまに見るヤツだ。
自分を愛してる相手に魅了系の魔法は効かないとかなんとか。
「それはないんだけど……」
考え事をしながらさらりと否定されてしまった。
そりゃあ、会ったばかりで「愛してます」とか言われても、詐欺だとしか思わないけどさ。
目が合っただけでも「僕のこと好きなんじゃ……」と感違いする年頃なんだから、夢を見させてくれてもいいんじゃなかろうか。
まあ僕の場合、目があったら「イジメられる!?」と恐怖心が先に立つわけだけど。
「じゃあ年齢制限とか……?」
「んん?」
こわっ!
笑顔なのにこわっ!
まだ気にする年齢じゃないと思ったけど、そんなことなかった!
「昨晩も素だったってことですよね?」
「そうね」
「あのエロさが素……?」
「ジュン君があまりにパワフルだったから……」
いつものキリリとした感じから一転、もじもじしだすお姉様。
昨晩はほんとすごかったからね?
亡くなったという彼氏にしこまれたのかなあ。
「色々調べたことを彼でためしまくったら引かれたからのよね……。ジュン君は全部受け入れてくれたから、興奮しちゃって……」
まさかの調教した側だった!
「べ、勉強熱心なんですね」
フォローになってるかなあ、コレ。
「国家一種合格は伊達じゃないわ」
全国の国家公務員に怒られそうな発言である。
そこでふと、伊代ちゃんとの夜を思い出した。
どうやら彼女の発言から察するに、能力を与える条件は「初めてを捧げる」ことらしい。
赤石も処女だった。
「処女が条件だとか……」
「またそんな……いえ……あるかもしれないわ……」
真白さんは湧いたポットに手をつけず、何やら考え込んでいる。
「あぶなかったわねジュン君。洗脳できるからって、そのへんの女性を毒牙にかけたら、捕まるところだったわ」
「しませんよ!? なんてこと言うんですか!」
「ええ!? 男子高校生がこんな能力を手に入れたのに!?」
男子高校生に恨みでもあるんかこの人。
これだけ美人ならいろいろあったかもしれんけど。
「ええと……ということは……そうだジュン君、ちょっと実験につきあって! 先にシャワー使うから、その間に歯を磨いちゃうのよ!」
何かを思いついたらしい真白さんは、コーヒーを淹れることなくシャワールームに飛び込んだのだった。
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