第5話 オルトガへ

 俺たちの見送りに村長や村人数名が来た。声をかけてきたのは村長のみで静かな旅立ちとなった。まあ俺たちも来たばかりで特に思い入れがある村ではなく、別れを惜しむ人もいないから寂しくはなかった。


 俺たちを迎えに来たのは馬に乗った兵士5人と荷馬車だった。


 馬に乗っているが炎進騎士団などではない。近くの街に駐在している兵士らしい。


 兵士の話では数日ほど行ったところにあるコベルコという街に向かい、そこからオルトガへ転送装置を使って飛ぶとのことだった。やっと異世界らしい体験ができることに俺と彩芽はワクワクしていた。


 しかしワクワクが苦痛に変わるのは時間の問題だった。


 まず馬車の乗り心地が悪い。数日間分の食料が載せられている馬車だったが、場所はそこそこ空いていた。しかし道が舗装されていないため、かなり揺れるのだ。最初は気にならなかったガタガタという音も段々うるさく感じるようになってきた。


 第二に暇である。とにかくやることがない。退屈というのがこんなにきついのかというのを思い知った。兵士が陽気な人達でいろいろな話をしてくれるのはありがたかった。


 第三にトイレの問題。途中で村があれば宿泊したりすることもあったが、基本は外で用を足さなければならなかった。下手に草むらに隠れてコソコソしようものならどんな毒虫が潜んでいるかもわからない。現代っ子には正直つらかった。



 そんな旅路の中興味深いこともあった。



 魔物との戦闘である。コベルコに到着するまでの間に、3度魔物の襲撃にあったが兵士が2人で撃退していた。まあ魔物のステータスを見た感じ村長レベルだったし、兵士のステータスとは桁が違っていたので当然の結果だろう。魔物にとどめを刺すと砂のように崩れ去った。あんなふうに魔物は死ぬのか。兵士たちの話によれば魔物が出ることは滅多になく、3度も出会うのは珍しいとのこと。


 魔物ではなく野盗にあったこともあった。前方から馬に乗った旅人のような一団がやってくると兵士の誰かが「野盗だ」と言った。戦いでも始まるのか、と緊張したが何事もなくすれ違っただけだった。兵士の話ではこの辺りを仕切っているジード団という野盗の集団らしい。規模は1000人以上になるとか。国も対策が大変なので兵士などの国にかかわるものを襲撃しないようにジード団と取引をしているとのことだった。


 野盗に襲撃されると身ぐるみ剥がされて殺されてしまうのかと思っていたが、ジード団とかは高い金品を要求されるもののその後護衛をしてもらえるらしい。割高な護衛代を払うようなものだが、何度も野盗に襲われるという最悪な事態は防げるとか。



 あとは特に気になることはなく、とにかく退屈な時間を過ごしてやっとコベルコに到着したのだった。



 コベルコは流石に街だけあって賑やかだった。ファンタジーの世界ではお約束の種族がたくさんいる。彩芽はそんな異種族を見て特にはしゃいでいた。


「牛みたいな人がいる」


「おい、指差すなよ」


「狼みたいな人がいる」


「エルフみたいな人もいるな」


「ウサギもいる」


「あれが本家バニーガールか?」」


「そして豚」


「まて、その人は普通の人だ。あと指差すなって言ったろ」


 俺は慌てたが幸い本人は自分のことを言われているとは気づかなかったようだ。


 俺も彩芽も久々に盛り上がったが、この街はあくまで転送装置を使うための通過点でしかなく、ゆっくり見学する間もなく目的地に向かった。まあオルトガに行けばもっと珍しいものを見ることができるだろう。



 いよいよ転送装置にたどり着き、ここからは俺と彩芽のみが飛んでオルトガへ行くことになる。転送装置は意外にも堂々と街の中に置いてある。これでは敵が簡単に王都に侵入できるんじゃないかと思ったが、さすがにそんなに甘いものではないようで誰でも使えるわけではないらしい。


 俺は送ってくれた兵士たちにお礼を言った。ここまでの移動の大変さを思うと素直に心の底から兵士たちにお礼を言うことができた。兵士たちも俺たちとすっかり打ち解けていたのでお互い別れを惜しんだ。これが日本だったらL○NEのID交換ぐらいはしていたかもしれない。


「いよいよ日本でも体験したことがない体験をするのね」


「落ち着け、すでにしているぞ。それに田舎者みたいでみっともない」


「お兄ちゃんだってドキドキしてるんでしょ」


「ドキドキじゃない、ドーキドキーだ」


「それ何のネタ?」


「いや、いい。気にしないでくれ」


 お馬鹿なことを言っている間に。ローブ姿の男が何やら聞き取れなかったが短い言葉を発した。もしかしてあれは魔法なのか? などと思っていたら、目の前が真っ白になってエレベーターが動き出すようなフワッとする感覚に陥った。


 そして──

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