第6話 異世界の異能者
一連の戦闘結果に、貴誠と亜矢がまだ呆然としている時だった。
「ところで——」
と、目の前の女性が急に切り出す。
「御二方とも、このような場所で何をしていらっしゃったのですか? それほど負傷しなかったのは、結構なことですが」
この急な問い掛けに——
『!』
姉弟は酷く動揺していた。あまりにも異質な現象が連続しているため、脳の処理が追い付いていない。二人とも思わず口籠っていると、ここで目の前の女性が急に慌てていた。
「あ、これは失礼しました。まだ名乗っていませんでしたね。私、リシールと申します。以後、お見知り置きを」
この慇懃な対応に、一応社会人だった亜矢が条件反射で口を開く。
「あ、あたし、亜矢です。それと、こっちは弟の貴誠です」
ただ、一方のリシールは、その固有名詞の語感に少々首を傾げていた。
「……アヤさんと……キセー君ですね。この辺では聞き慣れない御名前ですが、御出身は遠方なのですか?」
「え……それは……」
この問い掛けにも亜矢が反応し掛けていたが、ここで貴誠が割って入る。
「え、ええ、そうなんです! この辺は慣れない土地なもので、ちょっと迷ってしまったというか……」
「左様ですか。それは難儀をしていますね……」
「……ええ……しまくっております……」
亜矢が少し不満そうにしているが、弟の方は気にしなかった。この肉親が自由に喋ってしまうと、自分達の素性がバレる可能性がある。その場合、何が起きるのか。それがまだ分からないため、今はこれが最善なのだ。貴誠自身は能動的な会話が苦手だったが、現状ではやむを得ない。姉も渋々理解しているようで、口出しはしてこなかった。
貴誠が改まる。
「……それよりも、危ないところをありがとうございました」
とりあえず、こちらからも丁寧な対応をしていると、ここでリシールが何故か少しだけ頬を染めていた。
「構いませんよ。これが私の仕事ですから。それに、乙女の柔肌以上に護るべきものは存在しませんし」
「え……?」
貴誠が思わずキョトンとしていると、相手はバツが悪い様子で目を泳がせる。
「……いえ、こちらの話です」
『?』
姉弟が思わず顔を見合わせていると、ここでリシールが話を元に戻していた。
「それよりも、御二方はこの地へ何用なのでしょうか?」
『!』
「何か御用向きがあって、わざわざ参られたのでは?」
だが、二人には答える術がない。
「それは……」
貴誠は言い淀んだあと、隣の姉と再び顔を見合わせるのみ。沈黙が支配していると、そこでリシールが首を小さく横に振っていた。
「……いえ、止めておきましょう」
『!』
「あまり無粋な詮索をするものではありませんでしたね。人には人の事情があるものですし。御容赦ください」
さらに頭も下げてきたため、貴誠が慌てる。
「いえ……! そんな大したことではないので……」
これを横で聞いた亜矢が、再び何か言いたそうな顔をしていた。現状とは真逆の言葉だったからだが、弟の方はやはり見ないフリをする。なんにせよ、今はどんなにそれを議論しても無意味なことだった。
少々気まずい空気が流れていると、ここでリシールが急に手を叩く。
「あ、そうでした。一つ手伝って頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
『え?』
二人が同時に反応していると、相手はすぐに内容を喋っていた。
「そちらに倒れている男達。彼らは先程、違法な薬物を使っていました。あの建物内にそれが残っていないか、同僚が来るまで捜索したいのです。ですが……実は、私は視力が弱く、そういう仕事には向いていなくて」
「え? 視力が……?」
亜矢の確認に、リシールは小さく頷く。
「はい。眼鏡を掛けていても、実際には御二人の顔もよく見えていないんですよ」
ただ、この発言には貴誠が首を傾げていた。
「いや、でもさっき……」
どのような因果だったのか分からないが、地面に這っている男二人を攻撃したのは、間違いなく目の前の女性だ。そのことを追及していると、リシールも丁寧に説明を始めていた。
「その程度なら問題はないんです。もう御理解して頂いていると思いますが、私は御二人と同じアクティアです」
『!』
「私の肉体には、デンキウナギの水紋が刻まれています。御覧になっていると思いますが、強力な電流を操り、目標を攻撃できます。ただ、この水紋は強力であるが故に、素体の性質も強く発現します。それ故、目の退化という悪影響も強く出てしまったのです。ただ、同時に電場も自由に操ることができるので、周囲の大まかな地形や物体は認識できるのです」
一気に語っていたが、どうやら亜矢にはあまり理解できなかったようだ。
「……えーと……?」
視線を泳がせながら呟いていたため、貴誠の方が改めて口を出していた。
「……だから、姉さんは深く考えなくていいから……」
「!」
それに亜矢が頬を膨らませるが、弟は気にしない。同時に、もう一人に向き直って素直な返答をしていた。
「……とにかく、リシールさんの事情は理解しました。そういうことなら、姉と共にお手伝いしますよ」
ここは、なるべく恩を返しておいた方が良い。また、友好的な相手ということだけは理解できたので、可能であれば密かに情報収集ができれば良いとも考えていた。
ただ、ここでリシールから、さらに意外な提案がある。
「ありがとうございます。それが終わったら、共に街へと戻りましょう」
「え……?」
貴誠が思わずキョトンとしていたが、相手はどこか見透かした表情だった。
「これも何かの縁です。それに、道案内は必要でしょう。実際のところ、御二人の目的地は私と同じではないのですか?」
そう尋ねられて、貴誠は改めて肉親の方を向く。すると、姉は先程までの不機嫌が一瞬でどこかへと消えていた。その瞳は、間違いなく未知への好奇心で満ちている。そのことに一抹の不安もあったが、弟にも他の選択肢は思い当たらなかった。
「……分かりました。御一緒させてもらいます」
その色よい返事に、リシールは再び微笑を浮かべる。それから、彼女の仲間とやらが到着するまで、例の木造建築内で指示通りの捜索を行うことになっていた。
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