第5話 不本意な衝突
「なんだぁッ⁉」
木造建築の周辺にたむろしていた男達。その注目が、一斉に崖の下へと集まっていた。同じタイミングで、亜矢が頭から突っ込んでいた低木の茂みから顔を出す。
「……死ぬかと思った——」
それと同時に、三人の男達と視線が合っていた。
「——っていうか……まだ絶体絶命⁉」
慌てふためいていたが、混乱しているのは向こうも同じだ。
「何もんだ!」
「え⁉ いや……何者でしょう……」
亜矢は思わず惚けようとしていたが、通用するはずもない。一方の男達にも動揺が残っていたが、ここで例の女性を担いでいた大柄な人物が声を大にしていた。
「構うことはねぇッ!」
『⁉』
他の全員が驚く中、大柄な男は担いでいた女性を地面に置きながら叫ぶ。
「ここが街の連中に知られるのはマズい! この女と同じで、最終的には口封じだ! 生死は問わない! ここから逃がすな!」
「なんか物騒なこと言われてるんですけど⁉」
亜矢がその内容に動転している反面、他の二人の男はこの指示で瞬時に思考を切り替えていた。特に、最も小柄な男は彼女に品のない笑みを見せている。
「よく見れば、俺好みの身体をした女じゃねーか! まずは捕まえて……!」
「ひ⁉」
亜矢が慌てて逃げ出そうとしているが、枝が絡まっているのか、なかなか茂みから脱出できない状態だ。そこへ、小柄な男が一気に距離を詰めていた。
ただ、大柄な男がそれを見て、不用意な行動を止めようとする。
「あ、おい! 待て! まだ素性が——」
「わ——————ッ⁉」
亜矢がその場で硬直する中——
「——こな……くそ——————ッ!」
そこへ、頭上から貴誠が乱入。
『⁉』
男達がその唐突な登場に動きを止める中、弟は崖を一気に駆け下りる。次いで、そのままの勢いで、小柄な男の顔面に膝の一撃を見舞っていた。
「——ぶゥ……ッ⁉」
それにより、相手は一瞬で昏倒。間一髪で助かった亜矢は、その勇敢な行動に思わず感涙していた。
「キー君……ッ!」
ただ、当の貴誠は何故か困惑している。
「……なんだ……?」
一度、崖の上を見てから、自らの肉体に注目していた。無我夢中でここまで来たのだが、ただの引き籠りの身体能力で一気に下りられるような高さではないのだ。
「自分の身体じゃないみたいだ……こんなに動けるなんて……」
なおも戸惑っていたが、相手も黙ってそれを見ている訳ではない。大柄な男が、もう一人の小太りの男に注意を促していた。
「——気をつけろ! こいつら……俺達と同じアクティアだ!」
「あく……なんだって?」
貴誠が訝っていたが、向こうは全く聞いていない。小太りの男が自身の見解を隣に確認していた。
「もしかして……フィルターズの連中⁉」
「……いや、これ以上の気配はないな。それに、なんか妙だぞ……」
再び耳慣れない単語が出てきたが、ここは後回しだ。それよりも、貴誠はまず唯一の肉親の状態を確かめていた。
「……姉さん、大丈夫? ケガはない?」
この呼び掛けに、亜矢はなおも感激しながら茂みをなんとか這い出る。
「……うん……! うん……!」
「……ほんとに? どこも打ってないの?」
貴誠が意外そうに再度の確認をしていたが、立ち上がった姉の様子は確かに言葉通りだった。
「うん! なんか……勝手に身体が動いて……!」
どうやら、自然に受け身ができていたらしい。だが、この高さで無傷というのは少々都合が良過ぎだ。男達が姉弟に何かの断定をした理由と、関連性があると思われる。ただ、今はそれを考察している暇はなかった。
「……とにかく、隙を見てここから逃げよう。どこかに街があるようだから、そこまで辿り着くことを最優先にして行動しよう……!」
貴誠はそう提案していたが、一方の姉は余裕ができたからか、もう一人の意識のない女性を気にしている。
「あの人は⁉」
その先行きを案じていたが、弟は現実的な可能性を提示するしかなかった。
「……どの道、僕らで奴らを引き付けることになる。ここが無人になっている間に、目を覚ます方に賭けるしかないよ」
「……そう願うしかない……か」
亜矢もさすがに割り切ったようだ。お互い小さく頷いて意思を確認する。ただ、例の大柄な男もその会話に耳を傾けていたようで、急に雰囲気が変わっていた。
「——そうか。なら、どの道……俺達に手段は選べねぇな……ッ!」
『⁉』
姉弟が反射的に身構える中、大柄な男は腰に巻き付けていたウエストバッグから小さな小瓶を取り出す。
「アクティア同士の二対二だ。確実に圧倒はできねぇ! だが、お前らを逃がしたら、お頭に殺される! そうなるぐらいなら……!」
その言動に、小太りの男も全く同じ動作をしていた。
「……ッ! 俺も覚悟を決めるか……! 戻れる方に賭ける!」
だが、一方の貴誠には、その意図が分からない。
「なんだ⁉ あいつら……何を……⁉」
当惑していたが、男達は構わずに小瓶の蓋を開け、中身の液体を一気に飲み干していた。
その直後——
『う——がああああ——————ッ⁉』
男二人が雄叫びを上げる。その目は血走っており、全身から発している暴力的な気配は留まることを知らなかった。
それを見た亜矢は、その圧倒的な破壊衝動がこちらへ向いたことに気づいて動転する。
「何……こいつら……ッ⁉」
「この感じ……無理やり狂戦士化したのか⁉」
「もしかして、バーサーカーってやつ⁉」
姉は隣に見解を求めていたが、状況はそれを待ってくれなかった。
男達が——
『う——ごおおああああ——————ッ!』
半狂乱しながら、一気に肉薄してくる。
「——ッ⁉」
亜矢が完全に硬直してしまっていたが、ここで弟の方が咄嗟に動いていた。
「姉さん! 隠れて!」
「キー君⁉」
肉親の身体を突き飛ばしたのだ。その勢いで、亜矢は再び茂みの中へと転がっている。一方の貴誠は視界から姉の姿が消えたことを確認したあとで、自身の対応に移っていた。
ただ——
「——ッ!」
もう目前に男達が迫っている。
「あ……ッ!」
茂みの中の亜矢が思わず声を上げていたが——
『——ッ!』
貴誠は、間一髪で男達の魔手から逃れていた。
「……ぎりぎり回避できたけど……!」
だが、もちろんそれで終わりではない。男達はなおも血走らせた目を向けてきており、今にも再び突進してきそうだ。また、まだ正常な思考回路がわずかに残っているのか、視線で何かを示し合わせている。これを見て、貴誠は思わず舌打ちをしていた。
「……どうするよ……凄いプレッシャーだ。さっきは一斉に来られたから良かったけど、今度は波状攻撃か? 狂戦士化してるんなら、もっと単調に来いよ……!」
そんな文句も、相手には届かない。
『——ッ!』
突進を再開しており、貴誠はとにかく回避行動に集中していた。
「考えてる暇は——ないかッ!」
同時に、先頭の小太りの男を、フェイントを交えていなす。
「一つ目は——」
その後、すぐに次の対処へと移ろうとしていたが——
「——ッ! 二番手が……ッ⁉」
大柄な男の反応が、あまりにも速過ぎた。巨躯に似合わず、一気に距離を詰めてくる。その手には、いつの間にか大型のナイフが握られており、激しい殺意が目前へとあっという間に迫っていた。
これは——回避できない。
「⁉」
貴誠が思わず硬直していたが——
「——キー君……ッ!」
ここで、意外な援護があった。茂みに隠れていた亜矢が、近くに落ちていた石を投擲し、それが大柄な男の頭部に命中したのだ。この行為によって隙が生まれており、貴誠はすぐに距離を取っている。ただ、その結果には当の本人が一番驚いていた。
「え……当たった……?」
亜矢は自身の運動神経には、あまり自信がない。今の投石も、方向的には命中しないはずだった。ただの牽制。それなのに、何故軌道が曲がったのか。困惑していたが、ここで急に貴誠が声を張り上げていた。
「——姉さんッ!」
「え……?」
亜矢が不意に視線を向けると——
「——ッ⁉」
目前に、いつの間にか大柄な男が迫っている。凄まじい殺気を、振り上げたナイフの切っ先に乗せながら。
先程の投擲は咄嗟の行動だったのだが、弟を助けるという行為は、自身が敵を引き付けるという意味に他ならない。その結果、亜矢の方が危機に陥っていたが——そこに後悔はない様子だった。
だが、一方の貴誠はその結果に愕然としている。
「姉さ——ッ!」
慌てて飛び出そうとしていたが——
次の刹那——
『——ッ⁉』
姉弟の耳に、突然、割れんばかりの轟音が響いていた。
激しい閃光と共に。
お互い反射的に目を閉じてしまっていたが、戦闘の最中のそれは、あまりにも危険な行為だ。慌てて状況を確認していたのだが、次の光景に亜矢が言葉を失っていた。
「え……⁉」
目前に迫っていた大柄な男。それが、急に全ての気配を失い、その場に倒れたからだ。無論、貴誠にも意味が分からない。
「な……⁉ 何が……」
二人とも思わず呆然としていると——
「——もう少し意外な展開が見られるかと思ったんですけど」
そこへ、場違いな凛とした声が響いていた。
『⁉』
姉弟が慌てて顔を向ける。
すると——
「あまり訓練はなされていないようですし……これ以上任せるのは酷ですね。あとは引き継ぎます」
例のどこからか拉致されてきたと思われる人物。その女性がいつの間にか目を覚ましており、静かにこちらへと歩み寄っていた。
二十代前半ぐらいの女性で、知的そうな眼鏡と長い黒髪が印象的だ。彼女も例に漏れず、グレーとブラウンを基調としたウエットスーツのようなものを着用している。だが、この急展開は亜矢には全く理解ができなかった。
「え……? 何……? あの人……どうなってるの……?」
ただ、ここで貴誠がある可能性に気づく。
「……あ! まさか……!」
この推測に、その女性はにこやかな微笑を向けていた。
「御明察。フィルターズの潜入捜査でした。まぁ、私の単独行動なんですが」
なおも悠然と語っていたが——
その時だった。
彼女の背後に——残っていた小太りの男がいつの間にか無言で接近。
「——あ! 危な——」
貴誠が息を吞むが——
『——ッ⁉』
次の瞬間、再び破裂するような音が響く。それと同時に、周囲の空間が一瞬だけ明滅したかと思うと、小太りの男が一気に意識を失って倒れていた。
姉弟は再び唖然とするが、目の前の女性は背後を振り向きもしない。
「御心配には及びません。単独での解決が可能という判断で、ここに一人で派遣されていますから」
それだけ告げると、何事もなかったように微笑を保っていた。
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