第三章

私の両親は基本的に放任主義なので、「社会経験を積みたい」という私のアルバイトに対する熱い気持ちを語ったら、


「あそこなら、先生に見つかる心配も無さそうだし、葵ちゃんがそこまで言うなら」


とトーフ・ドラッグ限定でOKしてくれた。

受かる気しかない私は、その条件でも全然構わなかった。バイトの応募フォームを送る。翌日店長から連絡があり、面接日も無事決まった。志望動機や勤務可能日をいまいちど確認する。



面接日当日。シワひとつない白いシャツに、黒いパンツを履いてトーフ・ドラッグの前に立つ。中を見てみると、まだオープンまでには日にちがあり、商品は置いていない。

生まれて初めて学園に反抗する背徳感と緊張感を噛み締めていると、窓ガラスに映る自分と目が合った。眉間に皺を寄せ、とても怖い顔をしている。

面接に必要なのは第一印象!

無理矢理笑顔を作ってみせると、いつからそこにいたのか、窓ガラス越しに店内の男性と目が合ってしまった。あ…と気まずく感じたが、男性もニコッと笑ってこちらに向かってくる。

(そういうつもりじゃなかったんだけどな…)

と思いつつ、男性がドアをぐいっと開くと、


「こんちには。五時から面接予定の秋川葵です。本日は、どうぞよろしくお願いいたします。」


と言って恭しく頭を下げた。あらかじめ言おうと決めて練習していた文言だ。


「面接の子か!店長です。こちらこそよろしくね。こんなところじゃあれだから、とりあえず事務所に行こうか。」


店長は二十代後半くらいで、いかにも好青年という感じだ。でも、歯に思いっきり青のりがついている。結構抜けている人なんだな。言った方が良いのだろうか。いいや、やめておこう。店長も名乗ったような気がしたが、青のりに気を取られ名前を聞き逃してしまった。

まあ、勤務中は名札をつけるだろうし、分かるまでは「店長」と呼べばいい話だし、いいか。


事務所の椅子に座るやいなや、学校の許可の有無を聞いてきた。私は迷わず、

「はい。バイトOKの学校なんです。」と答える。幸い、学校の許可証は必要ないらしい。


「そうなんだ。家は近いの?」


「ほんと、すぐそこなんです。なので、シフトも朝から夜まで入れます!」


と「使える」ことをアピールした。

勤務可能な曜日を聞かれ、平日の曜日を伝えたあと


「土日も大丈夫です!」


と付け加えた。土日働けるバイトなんて、あっちは喉から手が出るほど欲しいに決まってる。


「では、採用の連絡は、約一週間後にお送りするね。ただし、ご縁がなかった場合はこちらから連絡することはないので、覚えておいてください。」


「はい。分かりました。」


「あともしご縁がなかった場合、個人情報保護のこともあるから、履歴書はシュレッダーにかけるか、それか直接渡すこともできるけど、どっちがいいかな?」


「シュレッダーにかけていただいて問題ないです。」


受かる気満々だった私は、不採用の場合の話なんてどうでも良かった。



それにしても、志望理由や熱意など、たくさん用意してきたのに結局何にも聞かれなかったな。バイトの面接なんて所詮こんなものかと、少々拍子抜けしてしまった。

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