33. 悪魔への進化

 翌日。俺はインベーダーズの事務所でリーラさんと昨日の件について話していた。


 あのあと、俺はすぐさまリーラさんに連絡を取った。配信の状況を伝えると、リーラさんはすぐにシャオさんの部屋を確認しに動いてくれた。俺を除くインベーダーズ第一陣は同じ賃貸アパートに住んでいるから対応は早い。


 リーラさんはインターホンを鳴らしたり、部屋の外から呼びかけたりしたようだが、反応はなかった。最終的に部屋に上がり込んだようだ。そこで椅子ごと倒れたと思われるシャオさんを見つけたらしい。その間、シャオさんの配信は続いていたので、リーラさん――視聴者から見れば真近ルリカ――は簡単に状況を説明した上で配信を落とした。この件で二人がごく近くに住んでいることが視聴者に知られてしまったが……まあ、女性タレント同士なので別に炎上するような話ではない。


 そのあと、シャオさんの身体に大きな問題はなく、ただ気を失っていただけだという話は連絡してもらっていた。


「シャオは昨日連絡した通りだ。気を失ってはいたが怪我をしていたわけでもない。今は意識を取り戻しているし、問題は……まあ、あまりないと言っていいだろう」


 それは安心……と言いたいどころだが。

 リーラさんは“あまりない”と言った。裏を返せば少しあるってことだ。


「気を失ったと言ってましたが、配信を見ていた限りでは本当に唐突でしたよ。何が原因かわかりましたか?」

「正確にはわからないが……意識を取り戻したシャオの話から推測することはできた」


 そう前置きしてリーラさんは話し始める。

 前提として、シャオさんはリブルボラスという悪魔族である。一部では知の番人と呼ばれている種族だ。大悪魔となればこの世に存在する、あるいは存在したあらゆる書物から知識を引き出せるらしい。ただ、シャオさんのような小悪魔にはそれほどの力は無く、知識を引き出せるのは現存する書物で知名度の高いものだけみたいだ。それだって十分凄いことだが。


「どうやら小悪魔時代は書の知識を盲信するというか……絶対視しすぎる傾向にあるようだ。今回の件はその認識が揺らいだことで、精神的に不安定になって気を失ったということらしい」


 書の知識を盲信、か。たしかに、本に誤情報があると伝えてもなかなか受け入れられない様子だった。


「それは大丈夫なんですか……?」

「ああ、もちろん。そういう書の絶対性を疑うのはリブルボラスとしては通過儀礼のようなものらしいぞ。むしろ、そういった疑いを持つことで悪魔へと成長を遂げるそうだ」

「ということは?」

「シャオは悪魔へと進化を遂げたらしい。まあ、ゲームのように姿が変わるわけではなく、精神のあり方が変わるだけだから、見た目の変化はないが」


 少し心配したが、今回の騒動はシャオさんにとって悪いことではなく、むしろ良いことであったみたいだ。それにしてはリーラさんは浮かない表情をしているが。


「何か問題があるんですか?」

「……まあ、あるといえばある。ひとつは、配信内で倒れたことだ。体調不安を心配する視聴者もいるだろう。まあ、これは適当な理由をつけて、元気な姿を見せていれば払拭できるとは思うが」


 たしかに、配信中に倒れるなんて普通はない出来事だ。変な憶測が流れる可能性もあるな。真実を開示したところで誤魔化していると思われるだけだろうから、視聴者が納得できる理由が思いつけばいいが……。


「もうひとつは……まあこれも大した問題ではないが……」


 大したことがないと言いつつ、何故か口ごもるリーラさん。思わず身構えてしまうが、俺の反応を見たあと、苦笑いを浮かべ小さく首を振った。


「いや、本当に大したことはないんだ。シャオは小悪魔から悪魔になったことで、今まで以上に書物から知識を引き出せるようになった。おそらく、その影響で少々ハイになっている」

「ハイになってる……? テンションが高いということでしょうか」


 シャオさんはどちらかといえば、自信がなくて大人しめなタイプ。少々テンションが高くなったところで気にすることではないように思える。


「まあハイテンションであることに違いはないんだがな。なんというか、急に力を得て全能感に酔っているというか……」

「つまり?」

「まあ、はっきり言ってしまえば……言動が中二病のようになっている」


 中二病……思春期特有の自意識過剰な言動をしたりするあれか。なんでまたそんなことに。新たにアクセスできる知識の中にその手の書物があったんだろうか。


「ま、まあ、それくらいなら特に問題はなさそうですね」

「そうだな。我に返ったとき本人が羞恥に悶えることになるくらいか」

「ですよねぇ……」


 まあ、それはそうなるか。とはいえ、しばらくの間、配信を控えれば大きな傷にはならないだろう。内輪ではネタにされるかもしれないが。そう考えたのだが――……


「あっ、記念配信があったか」

「そう。三日後だ」


 登録者数10万人突破を記念して特別な配信をやろうと前々から考えていたのだが、これまでやらずにきてしまった。ガルロ君の人気で俺たちの登録者数も増えていて、実はもう20万人が近い。なので、四人でコラボしてお茶を濁そうと考えていたのだ。すでに告知もしていて、三日後が予定日となっている。それまでにシャオさんの症状が落ち着いてくれればいいが、リーラさんは難しいと考えているようだ。


 延期という手もあるが、今の時期にそんなことをすればシャオさんの体調不安説が出るだろう。まあ、実際に倒れたわけなので、大事を取って延期すると言えば、それで済む話ではある。


 ところが、一番の問題はシャオさん自身がやる気満々なことらしい。本人としては言動が痛々しいという自覚はないわけだしな。体調を考慮して念のために延期しようと提案したところで、回復魔法があれば問題ないと言われればそれまでだ。


 果たしてどうなることやら。

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