32. シャオさんの異変
自分の配信を閉じた後、シャオさんの配信チャンネルを覗く。確かにゲーム配信中のようだ。配信時間を確認すると……12時間!?
シャオさんは長時間配信をする傾向にあるとはいえ、10時間を超える配信は初めてのはず。一体、何が起こっているというのだろうか。
彼女がプレイしているのは『Fatal Fantasy Tactics』という戦略RPGのようだ。このゲームは人気RPGの『Fatal Fantasy』シリーズの外伝的作品。略してFFTと呼ばれることが多い。この作品自体も根強い人気を誇り、オリジナルが出て10年後に携帯ゲーム機への移植版が販売されるほどだ。
俺も移植版の方ならプレイしたことがある。面白くてかなりハマったが、戦略RPGだけあってシステムを理解していないとなかなか難しい。特に一部ステージはかなりの難度を誇り、クリアに苦労したのを覚えている。
一方で、効率のいい成長方法や、強い戦い方などの知識があれば難度はぐんと下がる。攻略本から知識を引き出せるシャオさんとは相性がいいゲームのように思えた。以前、俺が思いつきで話した「レトロゲームを募って攻略本の知識を活かしてクリアする」という配信を実践しているんだろう。
そんなわけでゲームのチョイスは悪くなさそうだが……配信はたしかに不穏な空気が漂っている。
『盗めない。なんで……? いや、本当に盗めるんですよ。本にはそう書いてあったんです。だから盗めるはずなんです……』
そんな感じのことをうわごとのように繰り返すシャオさん。攻略本の情報を頼りに行動しているが、うまくいっていないみたいだ。
このゲームでは転職システムが採用されており、自軍ユニットを好きな職業へと変更できる。そんな職業のひとつが盗賊だ。この職業の特性は盗みスキルが使えるというもの。敵軍ユニットから装備を奪ったりもできる。シャオさんが狙っているのもそれだろう。
少し見た限りではおかしなところはなさそうだが……。
情報を得るためにコメントを確認してみると、直近ではシャオさんを心配する内容ばかりだ。だが、この配信では視聴者からのヒントはなしという方針でやっているようで、シャオさんに心配の声は届いていないらしい。
『すまないが、状況を教えてくれないか』
このままでは埒があかないと思ったので、手っ取り早く事情を知っているだろう視聴者に確認することにした。百鬼ナイトウォークとしてのアカウントでログインしているので、俺のコメントに気がついた視聴者が反応を示す。
『ナイトウォーク!』
『待ってた』
『来てくれたか』
『呼んだ奴グッジョブ』
反応は好意的……というかかなり歓迎された。視聴者もかなり困っていたようだ。
拾ったコメントから判断すると、シャオさんはかれこれ6時間くらい、とあるアイテムを盗もうと躍起になっているらしい。それは敵ユニットの一人が所持しているレアアイテム。盗みスキルを使った場合、実行前に盗める確率が表示されるのだが、その表示では確率は0%。つまり盗めないわけだが、シャオさんは盗めると主張しているらしい。その根拠は攻略本の情報。なんでも、表記上は0%だが1%未満のごく低確率で盗めるのだとか。
もしそれが事実なら、盗めるまでチャレンジするというのは配信内容としては悪くないように思える。さすがに6時間ともなるとだれてしまうが、ここまできたら最後まで挑戦したいという気持ちは理解できる。
しかし、一部視聴者によると、これは誤情報らしい。当時も攻略本の情報に踊らされたプレイヤーが大勢いたとかで、その世代のゲーマーにとっては有名な話みたいだ。念のために俺の方でもネットで情報を集めてみたが、攻略本の記載に間違いがあるというのは確からしい。
6時間も繰り返していたら、疑いを持ってもよさそうなものだが……それでも彼女は頑なに本の情報を信じようとしているようだ。本の悪魔としては思うところがあるのか?
ともかく、絶対に盗めないアイテムを盗み続けるというのは賽の河原で石を積むようなもの。視聴者も心配しているので、これは止めた方がいいだろう。
早速シャオさんに通話を入れる。通話音に驚いたのか、画面の向こうのシャオさんがびくりと反応するのがわかった。それから数コールと待たずに通話状態になる。
『も、もしもし……?』
「あー、シャオ君。配信を見たよ。頑張っているところ申し訳ないが……それ、誤情報らしい」
『誤情報? 盗むアイテムのことですか? でも攻略本にはちゃんと書いて……』
「ああ、うん。その書いている内容が間違っているらしいんだ」
端的に事実を伝えると、シャオさんはぽかんとした表情で小首を傾げた。画面に映っているのは3Dモデルだが、本人も似たような表情をしていることだろう。インベーダーズのキャプチャ技術は精度が高い。
『でも、本に書いてあるんですよ?』
「いや、本でも間違いはあるだろう?」
『本に間違い……? 本に間違いがあるの? ええ?』
シャオさんは混乱したようにぶつぶつと呟き始める。受け入れられない事実を拒絶するかのうように。何度か呼びかけてみたが呟き以外の反応が見られない。さすがに、心配になってきたところで――……
ガタン!!
大きな物音が聞こえた。それきり、シャオさんの呟きも途切れてしまう。
『何、今の音?』
『シャオちゃん、大丈夫?』
『まさか倒れたんじゃ』
配信にも音が乗ったらしく、シャオさんを心配するコメントが大量に流れている。
「シャオさん! 大丈夫ですか、シャオさん!」
何度も呼びかけるが……返事はなかった。
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