9. 情報伝達の確実性?

 日付も変わろうという夜も更けた頃。


 そろそろ、寝ようかと考えていると、自室の窓がコツンという音をたてた。一度なら、虫でもぶつかったと思うところだ。しかし、それが何度も続けば、何かが故意に音を立てている可能性が高い。


 カーテンを開けて状況を確かめると、原因はすぐにわかった。蝙蝠こうもりが窓に体当たりしていたのだ。普通なら、放置するか追い払うところだが――蝙蝠というところがひっかかる。というか、全力で何かをアピールしている蝙蝠が普通の存在なわけがない。


 窓を開けてやると、蝙蝠は迷いなく部屋の中へと入り、机の上に着地した。


『あーあー。こちら、ミュゼ様だ。聞こえるか』

「……あ、はい。聞こえますが……これは一体?」

『アタシの眷属さ。お前に用事があったから、ちょっとお使いを頼んだ』


 眷属……まあ使い魔のようなものだろう。


「それはわかりましたが……連絡先は伝えましたよね。携帯で連絡をくれれば良かったのに」

『あー……、携帯な? 勉強はしてるが、やっぱり使い慣れている手段の方が確実性があるから……』


 ……蝙蝠を飛ばすより確実性が劣ると言われたら、携帯会社の人、泣いちゃうよ?


 まあ、それはともかく。普通なら、こんな時間に連絡なんてと言いたいところだが、ミュゼさんにとっては活動時間のど真ん中だからなぁ。むしろ、寝ている間でなくてよかった。俺は寝付いたらなかなか目が覚めないからな。危うく、使い魔蝙蝠君が涙目になるところだった。


「それでどんな用事です?」

『何もしてないのにパソコンが壊れたんだ』


 うん、なるほど。それは。たいてい何かしちゃってる奴だ。とはいえ、それを指摘しても仕方がない。


「それで、今はどういう状態ですか」

『スイッチを入れたら、ブォーンと音がなるだろう? そこまでは動いていると思うんだけど……それで終わりだ。ログイン画面、だったか? あれが出ない』

「かなり初っ端ですね」


 俺自身は一般的なパソコンの知識くらいは持っていると思うが、こういうトラブルシューティングの経験はない。さすがにちょっと聞いただけでは原因の特定はできないな。


「ええと、壊れる前に、普段と違うことをしましたか?」

『わからん! たぶん、してないと思うぞ』

「……そうですか」

『というわけで、アタシはとても困っている。すぐに家まで来てくれ!』


 清々しいまでに丸投げ方針のミュゼさん。もちろん、それが俺の仕事なので否はないのだが……。さすがに、今すぐは無理だ。


「ええと、明日でも大丈夫ですか?」

『仕方がないな。じゃあ、明日、事務所で八時に待ち合わせだ! あ、ついでにカロリーバディも買ってきてくれると助かる! 最近は昼間が長いから、活動時間が短くて困るぜ』


 今は夏真っ盛り、午後七時でもまだ明るいので、八時というのはミュゼさんにとっては活動を始められるギリギリの時間なんだろう。




 翌朝、朝食を食べながら、静奈に帰宅が遅れることを伝える。


「静奈。今日は仕事が遅くなりそうだから、夕飯は先に食べておいてくれ」

「ふーん? 何時くらいに帰ってくるの?」

「ん-、どうだろう。トラブルがどれくらいで解決できるかによるな」

「そうなんだー? ひょっとして、朝までかかったり?」

「いや、それはないと思うが……」


 所要時間はパソコンが動かない理由によるとしかいえない。しょうもない理由だったらあっさりと直ることもあるだろうが、俺の手に負えない可能性もある。まあ、本当にどうしようもなかったら修理に出すしかないので、ある程度で見切りをつける予定だが。


 と、こちらは仕事のことを考えているというのに、何故か静奈はニヤニヤと笑っている。今の話におかしなところなんてあっただろうか。


「そういえば、昨日さ。兄さんの部屋から女の人の声が聞こえたよ」

「ああ……まだ起きてたのか?」

「うん。ちょうど寝る前だったけどね」


 夜中だというのに、声が大きすぎたか。とはいえ、さすがに蝙蝠から声が出ていたとは気付いていないだろう。


「その人の家に行くって言ってたよね?」

「……そこまで聞こえてたか」

「彼女できたの? ねえ、どんな人?」


 やけにニヤニヤしていると思ったら、そういう勘違いか! もしかして、仕事と偽って彼女の家に遊びに行こうとしてると思われてるのか!?


「いやいや、本当に仕事だから」

「でも、その人の家に行くんでしょ?」

「それはそうだ。パソコントラブルらしいからな。俺でどうにかできるかどうかはわからんが」


 理由を説明すると、静奈はしばらく俺の顔をじっと見つめ、ため息を吐いた。


「うーん、本当みたい。なーんだ」


 なんだじゃないが。

 静奈も高校生だし、恋愛ごとに興味があるのはわかるが、俺じゃなくて自分の恋愛を気にしてくれ。こっちは、いわば残業だ。給料がいいから文句はないけど、そんなに楽しい物でもない。まあ、ほんの少しだけ、ドキドキする気持ちがないわけじゃないが。ミュゼさん、見た目だけは美人だからなぁ。


「そうなんだ? 頑張ってね、兄さん!」


 へへへと笑いながら、そんなことを言う静奈。その頑張れは何に対するがんばれなんだ。いや、もちろん、仕事に対してだと思うが。タイミングが良すぎて、ミュゼさんへのアタックを頑張れと言ってるように聞こえてしまう。まあ、気のせいだろうけど。

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