8. ファンタジー要素

「君もやってみるかね?」

「え、私も動かせるんですか?」

「もちろんだとも。登録さえすれば、すぐに動かせるさ」


 ちょっと、面白そうだな。それなら、是非やってみたい。


『登録は終わっていますから、すぐに動かせますよ』

「おお、さすがはパソさんだ。仕事が早いな」

『社長からも言われてますからね』

「ああ、そうだったな」


 ん? 何の話だ?

 そんな疑問が湧いてきたが、聞き返す前にバーチャル空間上に新たなマネキンが出現した。最初のマネキンが青で、後から出た方が赤。赤いのが俺の動きを追従ついじゅうするモデルだろう。


 おお、凄い。ほぼリアルタイムで動きを追ってくれるし、リーラさんとすれ違ってもトレース対象を誤認しない。部屋の隅まで行くとディスプレイの範囲外に出てしまうが、戻ってきてもトレースが継続されている。何の問題もなさそうだ。


 VTuber配信技術に関してもきっちりと準備が進んでいることにホッとしたところで、ふと気がついた。


「あれ? でもこれ、モーションキャプチャってどうやってるんです?」


 VTuber配信ではタレントの動きに連動してモデルを制御する必要がある。そのために必要なのが、モーションキャプチャ。簡単に言えば、対象の動作を検出して、その情報を取得する処理だ。


 多少勉強した程度の付け焼き刃の知識になるが、モーションキャプチャには動作検出を補助する特殊な装置を身につけるのが一般的だったはず。だが、リーラさんも俺も、それらしきものを装着していない。とはいえ、さっきの映像を見る限り、マネキンは間違いなく俺たちの動きに追従ついじゅうしていた。どういう絡繰りだろうか。


「ふふ、動きの検出に関しては私の仕事だ」


 リーラさんが不敵な笑顔を浮かべて胸を張る。どうやら、モデルのテスターというわけではなく、システムの構築にも携わっているらしい。異世界の魔法使いが科学的な技術課題に対してどう関与するのかと思ったら、実に魔法的なアプローチだった。


「いいか。基本的に意志を持つ存在はマナを持っている」


 マナというのはファンタジー世界では定番の用語。魔法を使うためのエネルギーと考えておけばいいだろう。リーラさんによれば、魔法が使えなくても、意志を持つ存在はほぼ・・例外なくマナを持っているらしい。それは、この世界でも変わらないそうだ。


「本当なら例外なく、と言い切りたいところだが……ここにその例外が存在する」


 リーラさんの視線の先にあるのは、ディスプレイ。そこに映し出されたパソさんが苦笑い浮かべている。


『申し訳ありませんね。理論をややこしくしてしまって』

「なあに、まだ見えていない条件があるのだろう。それを解き明かすのも楽しいものさ」


 つまりAIであるパソさんはマナを持っていないらしい。まあ、デジタル世界の住人がマナを持ってると言われてもピンとこないので、俺としてはイメージどおりだ。


「ともあれ。たいていの意志ある存在はマナを持つ。それだけではなく、体内マナには固有の揺らぎがあるので、パターンの登録さえしておけば概ね個人判別も可能だ」


 詳しくは省略するがという前置きのもと、リーラさんの説明は続く。この部屋の四隅にはマナを検出する魔法の道具――いわゆる魔道具が設置されているようだ。魔道具は市販のケーブルによってパソコンに接続されている。この仕組みで登録者のマナを検出し位置と動きの情報を取得するらしい。


「それはパソさんだからデータとして処理できるのではないんですか?」

「いいや、魔道具から出力されているデータはデジタル変換されているので、普通のパソコンでも扱えるはずだぞ」

『ええ、そうですね。適切なソフトウェアが入っていれば問題なく処理できますよ』


 疑問に対しても的確に応えるリーラさん。さらに、パソさんのお墨付きだ。検出したマナの情報を雷魔法の応用で電気信号に変換しているらしい。さすがに魔術研究者を名乗るだけのことはある。ただのポンコツではなかったか。


『しかし、リーラさんから提案されたときは驚きましたよ。マナに雷魔法。実にファンタジーですね』


 自分のことを棚に上げて、穏やかに笑うパソさん。俺からすればジャンルが違うだけでパソさんも十分にSF世界ファンタジーの住人だけどな。


「それにしても、なんでわざわざマナ検出という新しい技術を開発したんですか? モーションキャプチャの装置なら買えますよね?」


 もちろん、それなりの値段はするのだろうが、この会社が出し惜しむとは思えない。なにせ、俺の給料にあれだけ大盤振る舞いしたんだから。


 装着がわずらわしいからか?

俺はそう考えたが、実際には思いもよらない理由だった。


「その手の物理の装置は装着できない種族もいるからな。ゴーストとか」

「あっ、なるほど……」


 なんでゴーストを想定する必要があるのか……なんてことは聞かない。つまり、第二陣以降にいるんですね? いずれ会うことがあるだろうから、覚悟しておこう。


 『意志ある存在』ならマナを持つと言っていたのも、こういう理由か。生き物という区分だと、ゴーストは弾かれてしまうからな。


「というわけで、マナの検出でだいたいの存在は動きを追える。積み残した課題は、やはりパソさんのようなAIだな。マナというアプローチでは動きを追うことができない」


 淡々と課題について語るリーラさん。真面目な表情だが、冗談なのか本気で言っているのか。


「いや、パソさんの動きを検出する必要は無いですよね? そもそもはバーチャル世界の住人ですよ」

『そうですね。動作データを直接ソフトウェアに流せばいいので……』

「おお、なるほど!」


 なるほどって……。やはり、リーラさんは本気でパソさんの動きを検出するつもりだったようだ。パソさんも苦笑いを浮かべている。


 一つのことを考え出すと他のことに全く頭が働かなくなるタイプの人だな、リーラさんって。全裸事件も、これが原因だろう。


 今日の見学で少しだけ見直したけど、基本的にはポンコツだと思っておこう。大丈夫、VTuberならポンコツも個性だ。

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