7. インベーダーズ技術班

 さて、タレントとのミーティングだけが俺の仕事じゃない。マネージャーの仕事といえばスケジュール管理。まだ、うちのVTuberはみんなデビュー前だが、だからといってスケジュール組みが不要というわけではない。期日までにモデルの納品が終わるか、各自の配信状況は整っているか、逐一状況を確認して遅延がないか確認しなければならない。現状、インベーダーズはVTuber業務に新規参入することを表明しただけの段階。第一陣のデビュー時期はできるだけ早く発表したいところだ。


 ただ、VTuberとして配信ができる状況なのか。俺はそれすらわかっていない段階だ。と言うわけで今日はインベーダーズの技術班を見学させてもらうことになった。まあ、場所は同じ事務所内だ。人数が少ないから、小部屋でこじんまりと活動しているらしい。


「こんにちは、本日見学予定の柿崎です。よろしくお願いします」

「ああ、柿崎さん。聞いてるよ、いらっしゃい」

「え?」


 意外なことに、技術班の部屋で俺を迎えてくれたのはリーラさんだった。それ以外には誰もない。わりと予定時間ぴったりと来たはずなのに。


「リーラさん、一人ですか?」

「ん? ああ、まだ会っていなかったのか。こちらが、技術班のリーダーで、通称パソさんだ」


 リーラさんが指し示したのは、一台のパソコン。やたらゴツいケースから大量のケーブルが伸びている。伸びた先には、これまたたくさんの周辺機器。用途がよくわからないものも幾つかあるな。ちょっと近未来感はあるが……それでもただのパソコンだ。


 意味が分からずに聞き返そうとしたそのとき、スリープ状態で真っ黒だったディスプレイの一つが稼働状態へと切り替わった。映し出されたのはデスクトップ画面ではなく、温和そうに見える壮年の男性の顔だ。


『初めまして、柿崎さん。私がインベーダーズの技術班長です。まあ、今のところ所属員は私とリーラさんしかいないんですけどね。名前は……まあ、皆さんと同じようにパソと呼んでください』


 ディスプレイの男性が口を動かすと、それに合わせてスピーカーから声が聞こえてくる。普通ならリモートでの参加と考えるところだが、ここはインベーダーズの事務所。そんな常識的な考えは捨てた方がいい。


「あ、はい、よろしくお願いします。……えーっと、パソさんはもしかしてAIだったり?」

『おお、さすがに社長の姿を平然と受け入れただけありますね。飲み込みが早い!』


 え、いや、平然と受け入れた覚えはないけど。何だったら今だってちょっとギョッとする。特に、眼鏡かけているところを目撃したときは衝撃が走った。だって、目が一つ余ってるんだもの。


「ええと、つまり……?」

『ああ、すみません。柿崎さんのおっしゃるとおりです。私のことはAIと思ってくだされば問題ありませんよ』


 やっぱり、AIなのか。技術の進歩って凄いな。こちらの反応に対して、遅延無く違和感のない受け答えができるなんて。しかも、不自然さのない滑らかな音声出力。とても合成音声とは思えない。ここがインベーダーズの事務所でなければ、AIだと聞いても疑っていたかもしれない。


 そんなことを考えていたら、リーラさんから指摘が入った。


「勘違いしないようにな。この世界の技術力では、パソさんほどの高性能AIを生み出すことは無理だ。パソさんは……まあ、技術力の高い異世界から来たと思えばいい」

『ははは。高性能と言ってもらえるのは光栄ですが、現状では大したことはできませんがね。ボディがこれですから……』


 デジタル世界にも異世界転生ってあるの!?


 驚きの真実だが、パソさんはそのせいで難儀しているようだ。パソさんは現状でも高性能AIに見えるが、本来の能力を発揮できているとは言いがたい状況らしい。


 AIが能力を発揮するには、十分なハードスペックが必要なのだからなぁ。ゴテゴテと増設されたこのPCでも全然足りないというからには、本来の実力を発揮するにはスーパーコンピュータ並の処理能力が必要なのかも知れない。


『まあ、私のことはともかく。今日はVTuberモデルを使った配信の仕組みを知りたいということでしたね』

「そうです」


 とはいえ、高性能AIのパソさんがいるなら、配信技術に目処が立っているというのも頷ける話だ。インベーダーズにもちゃんとした人材がいるんだな。……人ではないが。


『そちらのディスプレイにリーラさんの動きをトレースした結果を映しますよ』


 パソさんの言葉と同時に、新たなディスプレイが3D空間を映し出した。緑色のグリッドに区切られた真っ白な場所にのっぺりとしたマネキンみたいなモデルが立っている。動作確認用の仮のモデルだろう。


「では、動いてみるぞ」


 リーラさんの珍妙な動作を、マネキンが正確に追従していく。トレース精度も高く、激しく動いてもモデルの挙動がおかしくなることもなかった。


「これは……ずいぶん完成度の高い『あやしいおどり』ですね!」

「馬鹿を言うな! これは魔法少女の決めポーズだ!」

「あ、そうでしたか……」


 国民的RPGでマネキンみたいなモンスターが使ってくる技を再現しているのかと思ったのだが、違ったようだ。というか、これが決めポーズ? 早急に見直しを提言しなくては。


 まあ、それはそれとして。


「凄いですね! 遅延もないし、これなら問題なく3D配信ができそうです。これ、自宅でも使えるんですか?」

「複雑な器具はいらないから、自宅用にチューニングすればいけるだろうな」

『とはいえ、配信をしながら3D描画も遅延なく処理するには、それなりのPCスペックが必要ですよ』


 PCスペックが必要なのは仕方がない。インベーダーズでは所属タレントに高スペックの配信用PCを貸与することになっているから、スペック不足で上手く動作しないということにはならないだろう。

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