6. 私が考えた最かわな魔法使い
本日は俺が担当する最後の一人と会う日だ。事務所のいつもの部屋に向かうと、そこには既に人がいた。ショートヘアで眼鏡を掛けた女性だ。服装はシャツにジーンズといったラフな格好。俺よりは幾つか年上かもしれない。
女性は手元の本に視線を落としていたが、ドアの音で俺に気がついたようだ。
「ん? ああ、君が柿崎さんか。私はリーラ・カーナだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
リーラさんは、ごく普通の人間に見える。ああ、一般人という意味ではなく、種族的に人間という話だ。とはいえ、油断はできない。美嶋さんという例があるからな。
「リーラさんは、人間ですか?」
我ながら間抜けな質問をしている。なんだか、中学校のころに習った英語を思い出すな。「これはペンですか?」って奴。もちろん、文法を学ぶための一例であることはわかっているが、見ればわかるだろって突っ込みがいれたくなったものだ。でも、見てもわからないことってあるよな。馬鹿にしてごめんな、『NEW HORIZON』。
「ふむ。少なくとも私はそうだと認識しているよ。もっとも、君と同じ
おっと、化けているわけじゃなくて、見た目どおり人間のようだ。しかし同じ種とは限らない、か。
「ということは、もしかして別の世界から?」
「ああ、そうだよ。君たちからすれば異世界の出身さ」
転移者ってことか。なるほど、たしかに普通の人間とは言いづらい。
「それは大変でしたね。突然、異世界に迷いこんで、心細かったでしょう」
「ん? 大変ではあったが……突然ではなかったよ。十分な準備をした上で世界の境界を越えたのだから。まあ、その準備も全て無駄になってしまったがね……」
リーラさんの声には自嘲が滲んでいる。
というか待て。準備した上で越えたってことは、自分の意志でこっちにきたのか。神隠しとかで偶然迷い込んだわけではなく。
「自分の意志で来たのなら、戻ることもできるんじゃないんですか?」
「言っただろ。戻るための準備も全て無駄になったのさ」
「それはまたどうして?」
「ぐっ……、それを聞くのか。見かけによらず、サドッ気があるようだね」
理由を尋ねただけで、サド認定されてしまった。何故ぇ?
わけもわからず、ただリーラさんを見る。すると、その視線に耐えかねたのか、自白するかのようにリーラさんがしゃべり始めた。
「術式は完璧だったさ! 何の問題もなく世界間転移は成功した! ただ、術式対象が……私だけだったんだ!」
「はあ……」
ヒートアップするリーラさんに、自分でも間の抜けたとしか言いようのない返事をする。今のところ、何が問題なのかわからない。
「ピンと来ていないようだな。いいか? 術式の対象は私だけ……つまり、準備した大量の荷物も、そして私の着ていた服でさえ、転移対象外だったのだ!」
「え!?」
「それは悲惨だったぞ。突然現れた全裸の女に周囲は大騒ぎだ。警察とかいう治安維持組織には痴女扱いされ……私は逃げることしかできなかった……。社長と美嶋さんに拾われなかったら、今頃どうなっていたか……」
……うわぁ、なんて声を掛ければいいのか。
そういえば、少し前にそんなニュースがあったな。ヤバい奴が出たのかと思ったが、不慮の事故だったか。
「ふ……ふふ……笑いたければ笑えばいいさ。ここ一番で愚かなミスをした哀れな女を……ふふ……ふふふ……」
ああ、ネガティブモードに入ってしまったぞ。これは本人のためにも、業務を進める上でもよくない。何とかフォローしないと。
「最後の詰めが甘かったのかも知れませんが……。それでも、自力で異世界転移を成し遂げたということは偉業ではありませんか? それとも、リーラさんの世界では一般的なんですか?」
「いや、まさか。少なくとも私の知る限り、人が自らの力で世界を渡ったという記録はなかったよ」
「ですよね! やっぱり、これは偉業ですよ」
「そ、そうか……? いや、そうだな。成果は成果と認めなければ。ふふ、これでも天才魔術師などと言われていたのだ。まあ、私には過ぎた称号だとは思うがね。だが、それなりの努力はしてきた。いいかい、才能なんてものがあったとして、そこに胡座をかいていては――」
今度は聞いてもないことまで饒舌に話し始めた。まあ、鬱々とされるよりはいいか。
それにしても、異世界人の魔術師ね。同じ人間なら、常識は通じる――と思いたいところだが、どうかな。国によって常識は違うし、異世界ならなおさらだ。
「ところで、リーラさん。こちらの世界でも魔法を使うことはできるんですか?」
リーラさんの語る魔術研究者心得が一段落したところで、肝心なことを質問する。おそらく、異世界との一番大きな差異は魔法の存在。もし、この世界でも魔法が使えたとしたら……そして、それを気軽に使われたら大変なことになるだろう。
「ああ、使えないことはない、といったところか。大規模な魔法を使うのは無理だな」
「ということは、簡単な魔法なら使えるんですね……」
「心配しなくてもいい。社長からも人前で気軽に魔法を使わないようにと言われている。……それに周囲から異物を見るような目を向けられるのはこりごりだ」
どうやら痴女扱いされたのが相当堪えているようだ。恩人である社長からも指示が出ているようなので、軽率に魔法を使ったりはしないだろう。
「そうですか、安心しました」
「魔術研究者としては残念だがね。しかし、この世界には他にも研究しがいがあるものが多い! 科学技術というのも面白いな」
元の世界にも戻れず散々な目にあったというのに、新しい物に目を輝かせているところをみると、研究者気質でバイタリティに溢れた人のようだ。この手の人は、自分が興味を持ったことにはすさまじい集中力を発揮するが、それ以外のことが疎かになりがちなのが少し心配だ。
俺の内心を見透かしたのか、リーラさんは苦笑いを浮かべた。
「心配せずとも、配信業についてもちゃんと研究している。ふふふ、女魔法使いといえばこれだという完璧なキャラ設定ができあがっているぞ!」
おお、配信業の研究までしてくれているとは。こういうタレント業は分析力が意外と大事なんだよな。求められている面白さをきっちりと提供できるか。それが人気に直結するんだ。
さて、リーラさんのVTuberモデルは、っと。名前は真近ルリカで、十歳の魔法少女……?
「魔法少女で大きなお友達の心をわしづかみにする。これが成功への方程式だ!」
自信満々で胸をはるリーラさん。
たしかに、日本の文化を研究はしてるのかもしれない。魔法少女といえば、それなりに人気のある題材だしな。だけど、演じるのは自分なんだぞ。それをわかってるんだろうか。
口調のせいでしっかりしてそうな印象だけど……意外とポンコツなのかも。
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