5. ヴァンパイアは偏食がデフォ

 今日は二人目のタレントとの顔合わせだ。それはいい。だが、何故か開始時間が午後八時を指定された。嫌な予感しかしない。


 場所は先日と同じく事務所の一室だ。時間には余裕を持って待機していたのだが……予定時間を三十分過ぎても、タレントがやってこない。そのまま更に時間が経ち、予定日を間違えたかと不安になってきたところで、ようやく部屋のドアが豪快に開かれた。


「悪い、寝過ごした!」


 入ってきたのは、キャップ・サングラス・マスクという怪しげな格好の女性。キャップから零れる長髪は艶やかな黒髪……だったのだが、今この瞬間に銀髪へと変貌した。間違いなく普通の人間ではない。知ってた。


 女性が不審者三点セットを外すと、そこには勝ち気な笑みが浮かんでいる。赤い瞳と口元から覗くやけに尖った犬歯が特徴的な美人だ。


「ヴァンパイアのミュゼ様が来てやったぞ! あんたが柿崎だな?」

「あ、はい、そうです」

「なんだよ~。反応が薄いぞ~? ヴァンパイアだぞ~?」


 やたらと至近距離で顔を覗き込んでくるミュゼさん。ヴァンパイアは陰気で気位が高いイメージだったが、ミュゼさんは真逆の印象だ。


 俺の反応が薄いのは……まあ予想通りだったからだな。指定時間が夜だという時点で候補の一つとして想定していた。容姿を確認した時点で十中八九、そうだと確信できたからな。


 だが、予想通りとは言え懸念点がないわけではない。ヴァンパイアとはつまり吸血鬼。人の生き血を啜る存在だ。もし、人を襲って血を吸うなんて事件を起こせば、炎上騒ぎなどではすまない。『インベーダーズ』の存続も難しくなるだろうし、当然俺の給料も失われる。それはなんとか、阻止しなければならない。


「ミュゼさんの食生活について伺いたいのですが」

「んー? ああ! あんたが心配してるのは血のことだろ? 誰が好き好んで、あんなまずい物飲むかよ」


 吐き捨てるように言ったミュゼさん。いざとなれば自分の血を提供しようと考えていたのだが、その必要はなさそうだ。非常にありがたいことだが……ヴァンパイアがそれでいいんだろうか。


「では、食事はどうしてるんですか?」

「ふっふっふっ、それならこれがある!」


 ミュゼさんが掲げるように取り出して見せたのは『カロリーバディ』というブロックタイプの栄養補助食品。様々な栄養素が含まれているので、手軽に栄養を摂取するには悪くない食べ物だ。あくまで補助的に摂取するなら。


「ええと、まさかそれだけということは……?」

「あん? チョコレート味とか、チーズ味とか色々あるぞ。これはフルーツ味だ」

「いやいや、味の違いではなくて! さすがにカロリーバディだけしか摂取しないのは健康によくないですよ!」

「はぁ? 何言ってんだ? こちとらヴァンパイアだぞ。血だけ吸って生きてたんだ。だったらカロリーバディだけでも大丈夫に決まってんだろ!」


 謎の説得力!

 いや、まあそうか。人間を基準に考えても仕方がないのかもしれない。それでも、一応彼女の健康には気を配っておこう。


「ええと、ミュゼさんのVTuberモデルは……え、これ本人そのままじゃないですか? いいんですか? 外を出歩けなくなりますよ?」

「問題ないって。どうせ昼間は出歩けないんだし、夜は配信だろ」

「……ああ、確かに」


 ヴァンパイアの弱点のひとつが陽の光。それが本当なら昼間に外出なんてできないだろう。夜に出歩くことはあるかもしれないが……ああ、それであの格好だったのかな?


「ところで陽の光を浴びると灰になるというのは……?」

「本当だぞ~。すぐに灰になるわけじゃないけどな」


 陽の光を浴びた場合、まず激痛が走るようだ。危険信号みたいなものだろう。すぐに退避すれば、それほど問題はないらしい。だが、継続して陽の光を浴びると十分ぐらいで灰になってしまうとのこと。


「それでも、普通なら夜になると復活するんだけどな。でも復活を阻止するような特殊な道具もあるんだよなぁ~……」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ! そのせいで、気がついたら七百年だぞ! 目が覚めたら、この国もだいぶ変わってるしなぁ……」


 この国もだいぶ変わってる……?

 ということはもしかして……?


「ミュゼさんって、この世界の出身なんですか!?」

「ん? ああ、そうだぞ。知らなかったのか」

「てっきり、社長と同郷なのかと……」

「社長と同郷なのは美嶋だけだろ」

「えぇ……?」


 だったらシャオさんもこの世界の出身なのか。俺が思っていたよりも世の中は不思議に満ちあふれているのかもしれんなぁ。


「それじゃあ、どうしてこの会社に?」

「社長に助けられたからだよ。久々に目を覚ましたら時代が変わってる。なにがなんだかわからず途方にくれててさ。そこに社長が声を掛けてくれたのさ。アタシたちみたいなのが、生きられる居場所を作ってくれるってね」

「そうでしたか……」


 あの社長、ちょいちょい格好いいこと言うな。文化面で世界を支配するなんて言っていたが、人間じゃない種族の居場所を作るための会社でもあるわけか。


「というわけで、恩返しのためにアタシも配信ってのを手伝うことにしたんだ。色々勉強もしてるんだぞ~。最近はダブルクリックを覚えたぜ!」


 ……ダブルクリックですか。

 ミュゼさんのパソコン知識は壊滅的みたいだ。そりゃあ七百年も灰でいたら、浦島太郎状態か。仕方がないとは言え、最低限配信ができるくらいの知識は身につけてもらわないとなぁ。これは前途多難かもしれない。

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