4. 本憑きの小悪魔

 俺が担当することになったタレントはとりあえず三人。この三人が『インベーダーズ』の第一陣としてデビューする予定のようだ。本日はそのうちの一人と合う予定になっている。


 面会用に用意された部屋に向かうが、中に人の姿はなかった。指定時間より早めに来ているのでおかしくはない。


 部屋は簡易な会議室という感じ。質素な長机が四つ、正方形になるように組まれていて、パイプ椅子がその周りに並んでいる。


 その机の上に、一冊の本が置かれていた。古めかしい装丁でタイトルの記載もない。思わず手にとって見ると、手触りがいい。革張りという奴だろうか。もう一度手触りを確認するために、表紙をそっと撫でる。その瞬間――本は俺の手から逃れるように跳ねたあと、ぽわんとコミカルな音を立てて人型へと姿を変えた。


「ひゃあっ!? 撫でた! 男の人に撫でられちゃいました~!」


 やたらハイテンションで叫ぶのは一人の少女。見た目は静奈よりも幼く見えるが……年齢が見た目通りとは限らない。何せ頭から小さな角が生えているし、背中には蝙蝠のような羽がある。つまり人間じゃない。おそらく、ここで会う予定だったタレントなのだろう。


「ええと、シャオさんですか?」

「はい、そうですけど……。なんで平然としてるんですか~! 本が人に化けたんですよ~! もっとビックリしてくださいよ~!」

「え、いや、驚いてますよ。ホントに」

「嘘ですよ~……」


 驚いているのは本当だ。ただ、タレントに普通の人間はいないと事前に言われている。山本社長のときみたいに、不意打ちではないので覚悟ができていたからな。


「ええと……柿崎さん、ですか?」

「はい、私が柿崎です。よろしくお願いしますね」

「あ……ぅ……よろしく、です……」


 当初のハイテンションが嘘のように、シャオさんからの返事は消え入るかのように小さい。何なら、その後の独り言の方がはっきりと聞こえる。


「うぅ……驚かせて会話の主導権を握ろうと思ったのにぃ~……、人見知りなのがバレちゃうよ~……」


 ……そういうことらしい。

 人見知りで配信者はやれるのだろうか? まあ、対面じゃないから、意外としゃべれるのかもしれない。


「ええと、シャオさんは、悪魔で合ってます?」

「……本の……小悪魔です……」


 『インベーダーズ』ではキャラブレを防ぐためにも、本人と近しいアバターモデルでデビューする方針らしい。そういうわけで、本人の種族を尋ねてみたわけだが……何故かシャオさんは顔を赤らめて手で覆ってしまった。


 一体、何が地雷だったんだ。難しすぎるぞ、異文化コミュニケーション!


「すみません、何か失礼なことを言ってしまったようで。ご不快かもしれませんが、繰り返さないためにも、問題があったところを指摘して欲しいのですが」


 こういうときの対応は難しいが、俺は素直に理由を聞くことにしている。ある程度理由が推測できるならともかく、今の状態だと皆目見当もつかないからな。ここで聞いておかないと、何度も不快な想いをさせてしまうかもしれない。


 だが、シャオさんはふるふると首を横に振った。理由を話すのも嫌なのか、と思ったがそうではないようだ。


「……不快じゃないですよぅ! ただ、わたしは……まだ小悪魔だから……そんな悪魔だなんて……」


 手をバタバタと振りながら、否定するシャオさん。ただ悪い気はしていないようだ。だったらまあいいか。正直、よくわからん。


「ええと、VTuberとしての設定はできあがってるんですよね。名前は魔本まもとシャオ、ですか。モデルも発注済みと聞いています。ええと、資料は……」


 事前に担当するタレントに関する資料はもらっている。VTuber設定に関する資料もあったはずだ……あったあった。


「ええと……魔本シャオは妖艶な魅力を持つ大人の悪魔。魅惑のボディで男たちを悩殺する……?」


 設定資料にはそう記されている。デザイン画も、それにふさわしいイラストだ。設定としては問題ないが……本人に近しい設定にするっていう方針はどこにいった!


 あ、いや、シャオさんに魅力が乏しいとかそういう意味ではないが……男たちを悩殺? 彼女の容姿はかなり幼く見えるし、わたわたと忙しない仕草は小動物的なかわいらしさはあっても、大人の魅力はとても感じられない。


「わたし、美嶋さんに……憧れてて……だから、その……」


 シャオさんは再び顔を真っ赤にして俯いている。

なるほど、このモデルのイメージは美嶋さんなのか。俺の印象では仕事ができる女性って感じだが……本性はサキュバスだからな。そういう一面もあるのかもしれない。


 まあ、本人の希望であることはわかった。だが、本当に大丈夫なのか。中身はシャオさんなんだぞ。世の中にはギャップ萌えという概念もあるが、それも最初に構築したイメージからの乖離があって成立する。シャオさんが妖艶な大人のイメージを確立できる未来が想像できない。


「とりあえず、このモデルで配信するとして……どんな演技方針にするか実際に見せてもらえませんか?」

「わ、わかりました~……」


 とはいえ、シャオさんも望んでこの設定にしたんだ。きっと、何とかしてくれる! もしかしたら、演技のスイッチが入ったら別人のようになる可能性だってある!


 固唾をのんで見守っていると、シャオさんは少しの間もじもじしたあと、意を決したように声を発した。


「あ……あは~ん……」


 ……うん、駄目かもしれん。

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