3. 妹はVTuber好き

 山本社長の衝撃的な一言に気が遠くなりかけたが……結局、俺は『インベーダーズ』へと入社することに決めた。決め手はもちろん給料だ。妹の学費のこともある。正直、ふいにするには惜しい好待遇だったのだ。多少の理不尽なら許容できる程度には。懸念すべきは、その理不尽が多少の範疇に収まるかどうかだが……こればかりは体験してみないとわからない。


 それに就職が遅れれば、妹が高校を辞めると言い出しかねない。無事に仕事が決まったと伝えれば、変な遠慮をすることはなくなるだろう。そう意味でも、就職を急いでいたのだ。


 俺のメインの仕事はタレントのサポート。つまりはマネージャーみたいなものだろう。とはいっても、まだ初配信の見通しすら立っていないので、まずは計画を立てるところから。技術的な目処は立っているらしいが、実際に見たわけではないので確認は必要だろう。場合によっては、人を引っ張ってくることも考えなければならない。前途多難だ。


 初仕事はさっそく明日から。俺が担当するタレントと一人ずつあって今後の相談をすることになる。といっても、俺自身が配信に携わったことがあるわけではないので、聞き取りやメンタルケアが主になるんじゃないだろうか。仕事である以上、配信業について学ぶつもりはあるが、今日明日でどうにかなるものでもないからな。


「ただいま」

「あ、兄さん。お帰りなさい」


 自宅に帰ると、パタパタとスリッパの音を響かせて妹の静奈が玄関に顔を出した。年は十六で、わりと近くの高校に通っている。物静かで落ち着いているが、見た目は年相応。むしろ、小柄なのでやや下に見られるくらいだ。俺が二十二なので少し年が離れている。兄妹仲は悪くない。今となってはたった一人の家族だからな。


「ちょうど、ご飯ができたところだよ。タイミングが良かったね」

「おお、そうか。ありがとう」


 両親は一年ほど前に事故で他界している。それ以来、家のことは俺と静奈で分担してやってきた。今日は静奈が夕飯の当番だったので問題はなかったが、これからはどうするか。タレントたちは自宅からの配信とはいえ、スタッフの俺は事務所に詰めることになるだろうし。


「ふふ……。兄さん、面接は上手くいったんだね。おめでとう」

「え? ああ、よくわかったな」

「わかるよ。今、夕食の分担をどうしようか考えてたでしょ? 大丈夫。私が作るから」


 静奈は異常に察しがいい。今みたいに考えていることを言い当てることがよくある。静奈曰く、俺がわかりやすいだけらしいが。そんなこと、静奈以外には言われたことがない。


「さっそく、明日から出社することになったんだ。それじゃあ、夕食は静奈が担当してくれるか。その分……そうだな、掃除の分担を増やすか」

「もう、兄さんはお仕事なんだから気にしなくていいよ。夕食を作るくらい平気だから」

「……そうか。ありがとうな。もし、用事があって無理そうなら朝に言ってくれ。何か適当に買ってくるから」

「うん、わかった」


 せっかくの高校生活。部活でもやって学生時代を謳歌して欲しいという気持ちはあるんだが、本人に興味がないみたいだしな。あまり静奈に負担を掛けたくはないが、ここは好意に甘えるとしよう。




「それで、兄さんの入った会社って、どんなところなの? 大丈夫そう?」


 夕食時の話題は、俺の勤め先について。面接を受けるとしか言っていないから、興味があるんだろう。それとも、心配しているのか。高校を卒業してからの三年くらい勤めていた会社が微妙だったからな。


 いや、微妙だったのは上司か。仕事を押しつけるくせに成果は奪っていくという糞上司だった。仕事をするのが馬鹿らしくなって結局やめてしまったんだ。そのときはまだ両親が生きていたからな。今なら我慢して仕事を続けるか、証拠を集めて上司を排除するだろう。


「給料は良さそうだぞ。仕事は……まだわからないな」

「そっかぁ。何の会社なの?」

「んー? VTuber事務所だな」

「えぇ!? 兄さん、VTuberデビューするの!?」


 静奈にしては大きな声。驚いただけでなく、興奮しているようだ。そういえば静奈はよくVTuberの配信を見ているんだったか。俺も有名なVTuberなら知っているが、そのきっかけは静奈だった。会話の中でちょいちょいと話題に上がるんだ。


「違う違う、俺はスタッフだ。マネージャーとか雑用だろう。それに、まだ活動すらしてないみたいだぞ」

「えぇ~、そうなんだ。兄さんはデビューしないの?」

「しないしない。俺が配信しても誰も見ないだろう」

「私が見るよ~」

「いや、見なくていいから」


 身内の配信なんか見て、面白いのか?

 静奈が配信したら……まあ、たまには見るかも知れないな。そんなもんか。


「それで、なんていう事務所?」

「インベーダーズだな」

「聞いたことがないなぁ。チェックしとこ!」


 秘密にすることでもないので、言ってしまったが……ちょっと早まったかな。タレントにも普通の人間はいないって話だったからなぁ。静奈に変な影響がないといいが。まあ、配信中ははっちゃけるタイプのVTuberも結構いるし、多少おかしなことを言い出してもキャラ設定と思われる……か?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る