2. 秘書はサキュバス

「改めて、自己紹介しよう。我こそが、この『インベーダーズ』の社長にして流離さすらいの魔王! バルザール山本だ!」

「まあ実態は、勇者に敗れたあげく、何もかも捨て去ってこちらの世界に逃げ出した元魔王ですけどね」

「……美嶋君、あいかわらず辛辣だね」

「事実ですから。情報は正しく伝えなければ」


 ……どこから突っ込むべきか。とりあえずは、その名前。


「バルザール……山本?」

「ふはは、その通り。この世界で再起を図ることを決意した時点で家名は捨てた。代わりにこちらの名字を名乗ることにしたのだ。どうだ、親しみやすかろう?」

「元の名前は無駄に長かったですからね」

「さすがに無駄は酷くないかっ!?」


 あ、うん、なるほど? とりあえず、本名でないことは理解した。センスについてはどうしようもないが、芸名と考えればなくはないか? ありってことにしておこう。


 だけど、この社長、さっきから怖いこと言ってない? 元魔王がこの世界で再起を図るって、冗談じゃないぞ。しかも、事務所の名前が『インベーダーズ』だ。確か、侵略者って意味だろ。


 社長が本当に元魔王かどうかはこの際問題ではない。だが、侵略者として振る舞うのなら協力はできない。俺にだって家族はいる。たった一人の妹が。


「……社長はこの世界をどうするおつもりで?」

「もちろん、支配するのさ。この我がな」


 ニヤリと笑うバルザール山本。だが、次の瞬間、隣に控えていた美嶋さんに頭をはたかれた。


「何をするんだね、美嶋君!」

「情報は正しく伝えてください。柿崎さんが誤解しては困ります」

「いや、口で言えば良かっただろう! 何もはたかなくても……」

「都合がよく蚊が飛んでいましたので。一石二鳥かと」

「蚊かぁ。それなら仕方がない」


 はたかれた頭を抑えながら、山本社長がぼやく。その姿に元魔王の威厳などない。


「支配と言っても武力で征服するつもりなどない。この世界は――いや、少なくともこの国は平和で豊かだ。それを武力でかき乱すなど無粋だろう」

「元の世界では勇者にボコボコにされましたからね。さすがに学習しましたか」

「そうかもしれないな。それに、この世界には虐げられる魔族はいない。無理に力を振るう必要もないであろう」

「……そうですね」


 二人の間にしんみりとした空気が流れる。会話から察するに、山本社長がいた世界において、魔族は虐げられる立場だったようだ。そんな魔族を束ね、守ろうとしたのが社長なのだろう。弱者を守るために力を振るう。そう考えると、意外と悪い人ではないのかもしれない。まあ、そう思うように誘導されているだけかもしれないから、油断はしないが。


「まあ、ともかく。我が考えているのは、武力による支配ではなく、文化による支配だ」

「……それがVtuberということですか」

「その通り! 我が事務所のタレントでWonderTubeの登録者数、視聴回数のトップを目指す。そうすれば、文化的に支配したと言っても過言ではあるまい!」


 いや、それはさすがに過言。

 WonderTubeは多くの配信者が活動する動画配信サイトだ。たしかに、同様のサイトの中では知名度・再生数ともに群を抜いている。とはいえ、当然ながら一動画配信サイトにすぎず、世界の文化面の全てを担っているわけじゃない。トップ配信者になるのは偉業だとは思うが、それで支配されていると考える者はいないだろう。もちろん、指摘はしないが。


 まあ、ずいぶんと穏便な方針でほっとした。先々どうなるかはわからないが、今のところ普通のVTuber事務所として活動すれば良さそうだ。おかしな方針になりそうなら、俺が全力で軌道修正すればいい。こんな報酬がいい会社に就職できる機会なんてまずないんだから、絶対にしがみついてみせる!


 さて、会社としての活動は意外とまともだったのでいいとして。もう一つ気になることがある。


「お二人はいつからの知り合いですか?」


 美嶋さん、山本社長の事情に詳しすぎない? 異世界のことを見てきたように話すことに違和感がある。いやいや、まさかね。どう見ても、美嶋さんは人間だ。


「私のことを話していませんでしたね。私と社長は幼馴染み……ですかね? まあ、一人旅は寂しいでしょうから、私くらいは同行してあげようかと」

「ははは。ありがたいよ、本当にね……」

「社長は私生活がだらしないですからね。私がいないと、何処かで野垂れ死んでしまいそうでしたから。まあ仕方ありません」

「そこまで酷くはあるまい!?」

「ふふ、どうでしょうね」


 この三ツ目、異世界までついてきてくれる美人の幼馴染みがいるとか……! 勇者に負けた敗北者のはずなのに、圧倒的な勝ち組じゃないか! というか、二人でイチャイチャするのは止めてもらえません?


 そもそも肝心なことが聞けてない。


「それで、あの……美嶋さんは、人間なんでしょうか?」

「ああ、柿崎さんが知りたいのはそのことでしたか。私は、サキュバスですよ」

「サキュバス……!」

「ええ、向こうでは別の名称でしたが。こちらでは、そう言った方が通りがいいでしょう。特徴はほぼ一致していますから」


 美嶋さんがニコリと笑みを浮かべる。その姿にどことなく妖艶さを感じてしまうのは、種族名を聞いたからだろうか。


 サキュバスといえば女夢魔。夢の中で男を誘惑し精気を吸うとか、そんな存在だったはずだ。さきほど言っていた暗示というのも、サキュバスとしての能力ということだろうか。


「会社での役割は社長の秘書と営業担当でしょうか。対外折衝は今のところ私が担当していますから、ほとんど人間と変わらない姿に化けています。といっても、元の姿もさほど変わりませんが。小さな羽と尻尾があるくらいですね」


 その小さな違いが俺にとっては大きいんですけどね。精神安定上。


「まさか、事務所のお偉いさんが二人とも人間じゃないなんて……」


 思わず漏らした呟きに、目の前の二人が顔を見合わせた。すぐに山本社長がニタリと笑みを浮かべる。嫌な予感しかしない。


「ははは! 何を言ってるんだね? この事務所、今のところ君以外に普通の人間はいないよ」


 ……マジかよ!

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