VTuber事務所『インベーダーズ』は本物ばかり
小龍ろん
1. 人でなしの社長
何でこんなことになっているのか。俺は新規に立ち上げるというVTuber事務社の面接に来たはずなのに。
「さて、柿崎晴彦さん。我が『インベーダーズ』への入社を希望ということで……」
「あ、いや、やっぱりやめておきます」
「はっはっは、面白い冗談だ。……美嶋君、念のために鍵をかけてくれたまえ」
「既にかけてますよ」
「さすがだな」
冗談と言いつつ退路を塞ごうとする奇妙な男。入室したときにこいつが自称した言葉を信じるなら、VTuber事務所『インベーダーズ』の社長だ。言動も胡散臭いが、見た目はそれ以上に変わっている。服装はノーネクタイのワイシャツ。クールビズスタイルで取り立てて不自然なところはない。問題は服装ではなくて中身である当人だ。少し尖った耳に、青い肌。そして、目が三つある。
……いや、おかしいだろ。
おかしいよな?
だが、美嶋と呼ばれた女性は平然としている。こちらはスーツに眼鏡という装い。滅多に見ないほどの美貌の持ち主だ。鮮やかな紫色の髪が目を引く。会社勤めにしては珍しいが、こういう業界ならおかしくもない……のか? 間違っても目が三つあったりはしない。普通の人間だ。
「柿崎さん、落ち着いてください」
美嶋さんはそう言って、椅子に座った俺の両肩に手を置いた。漂ってくる甘い香りは香水だろうか。不思議と気分が落ち着いて、自称社長の風貌も気にならなく……な……る?
いやいやいや、さすがに無理がある。気にならないわけがない!
「いえ、落ちついてる場合じゃないでしょう? え、あれ? あなたには見えてないんですか? お宅の社長、人間じゃありませんよ!」
本当に見えていなかったとしたら、場合によっては俺がおかしな奴ということになりかねないが。いや、面接を受けに来た人間が逃げないように鍵をかけるなんて、疚しいことがあると言っているようなものだ。
「これは驚きました。軽い暗示とはいえ、精神抵抗に成功したようですね。メンタルの強さは武器になりますよ。この業界、何かと炎上しますからね」
「ほほう。良い人材が入社してくれたな」
「ええ、助かります」
和やかに会話する美嶋さんと三ツ目男。
いやいや待て待て。今、暗示と言ったか? 一瞬、不自然に落ち着きかけたのはそのせいか! 肩に触れただけで暗示をかけるなんて、美嶋さんも普通じゃない。
しかも、二人の会話では、すでに入社したことになっている。面接はどうした! というか、辞退させてくれ。俺のメンタルを過大評価するんじゃない。この数分で既に許容限界を超えそうだぞ。
このまま二人のペースに付き合っていたら、いつの間にか入社させられていそうだ。もう面接の途中だとか、常識がどうだとか考えている場合じゃない。逃げよう!
「この度はご縁がなかったということで。御社のますますのご発展をお祈りしております」
言い捨てて速やかに席を立つ。鍵をかけたと言っても、内側からなら簡単に開けられるはず。時間のロスなんて一瞬だ。あとは走って逃げればさすがに追ってこないだろう。あの風貌で外を歩いたら間違いなく騒ぎになるからな。
だが――
「なっ!? 開かない!」
ガチャガチャと喧しい音がするのも構わず、必死にドアノブを回すが全く開く気配がない。
鍵は開けたはずだ。いや、ひょっとして閉じたのか?
もう一度、鍵を操作してみる。しかし、何度、鍵を開け閉めしても結果は変わらない。どういうわけか、接着されているかのようにドアはピクリとも動かなかった。
まさか、外から塞がれているのか? いや、このドアは内開きだったはずだぞ。
「ははは。どうやら、そのドアも柿崎さんを引き留めたいようだ」
「そんなわけがあるか! 下らない冗談はやめろ!」
敬語を捨てて怒鳴りつけると、三ツ目はやれやれと大袈裟に肩を竦めた。
「いやいや、もう少し話を聞いてから判断してもいいのでは?」
「いや結構だ。俺は帰る。鍵を開けてくれ」
話など聞くまでもなく怪しさ全開だ。どんなに条件が良かったとしても、こんな会社で働きたいと思うわけがない。
「社長。まずは給与についての説明を」
「そうだな。もし、我が社で働いてもらえるなら基本給は月に――」
提示された金額は破格だった。以前勤めていた会社の給料とは比較にならない。倍どころか、三倍近くあるぞ。俺みたいな二十歳を少々過ぎた程度の若造に支払う額ではない。
「……それは本当に?」
「もちろんだとも」
とりあえず、ドアノブから手を離す。そして、何事もなかったように用意されていた椅子に座り直した。
「話を伺いましょう」
「ははは、素直なところは評価しよう」
「恐縮です」
多少おかしなところがあっても、報酬が良ければ許容できるよな。手のひらだってぐるんと裏返るってものだ。
いや、実際にお金って大事だからね。
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