第16話 本音草
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はっきり言って罪悪感がえげつなかった。涙を流したのは別に空が怖かったとかそんなんじゃないからな。カガチの甘い言葉も、まっすぐな愛情も、この身には勿体無いぐらいの寵愛も、全部本当はマオが受けるはずだったもの。天使正義ではない、マオ・アスモデウスに向けられるはずだったものだ。
それと共に、情けない。悪魔の世界の方が、もともと住んでいた世界よりもやさしく見えてしまうほど、この短時間で俺という存在が絆されていること。そしてその事実も虚しかった。今までマオというやつは自身の生まれ持った魔権能や境遇に苦しみ、戦い、その結果が肉体すらも失ってしまうというあまりに辛い顛末だった哀れな優しい悪魔。そんなふうに思っていた。でも違う、今は俺が本心では欲しがっていた者を沢山持っているとてつもなく幸せな奴というイメージに変わっていた。……この負の感情を、きっと嫉妬というのだろう、俺は今初めて他人に嫉妬した。
今まで抑えてきた、それが普通だと思っていた麻痺された感情がコイツのせいで噴き出して、その感情すらも醜く思えてしまって。そしてどれだけ苦しんでもこんなふうに他人に愛されるこの瞬間を、たとえ自身が影武者という立場であっても、譲りたくないと考えてしまうこの己の弱さから免れることができない。マオと俺の真実、そして今の俺のグッチャグチャになった感情。全部ひっくるめてカガチへの罪悪感になってしまう。涙を堪えることができなかった。
「泣くなよハニー。そろそろ着くぜ」
思えばこんなに大々的に俺への……いや本当はマオのだけど、愛を宣言されたのは初めてだった。友達は勿論親にもこんなこと言われたことなくて。たまに遊んでくれる知らないおじさん達は可愛いとは言ってくれるけど、愛してるなんて言われたことはなかったな。……なんだか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになって、ついカガチの胸に顔をうずめてしまった。もともとうずくまっていたけど、もうめり込むか通ってぐらい。
「ん? どうしたんだハニー」
「うるせぇバカ」
「ふーむ……そういう反応されると逆に燃えるんだぜ?」
「……変態」
「照れ隠しだな、知ってる」
俺今さっき嘘ついた。やっぱこいつの事大嫌いだ! そんなこと言われるともっとマオに嫉妬してしまう、いつか俺の正体に気がついたとき、この愛情に満ちた目が軽蔑や失望に変わるその様が容易に想像できてしまって、たまらなく怖い。
「ここだ、着いたぞ」
「ここは……」
「オレのお気に入りの場所だ」
いつの間にかカガチは止まっていた。そこは学園から少し離れた森の奥にある小さな湖。カガチが連れてきてくれたこの場所は、少し肌寒いものの澄み切った空気が心地よくて、少し高い位置にあるのか木々の隙間から見える太陽がキラキラと輝いて見えた。そして何より、地面に広がる花畑がとても綺麗だった。どこまでも広がる青い花はどれも小さいけれど、立派に咲き誇っていて、太陽の反射でさらに眩しく見えた。
「……綺麗」
「だろう?」
「うん……すごく綺麗だ」
思わず見惚れる。ボロボロと流れていた涙が収まる。地面に降りたカガチは俺を花畑の近くに降ろしてくれて、ゆっくりと花に近づいていった。
「オレはここに来るといつも落ち着くんだ。悪魔界にはこういう自然って少ないだろ?」
「ああ……そういえばそうみたいだな」
「だから1人で来たりしてたんだ。誰にも教えたことはない、オレだけの秘密のスポットだ」
「へー」
「……なんでお前に教えようと思ったんだろうな」
「知らねーよ」
「そうか。あ、あと、あんまり花には近づくなよ。家の書斎で読んだんだが……この花畑は別名ホンネバナって言ってな。近付くと花粉を噴射するんだが、それを吸ったらしばらくの間本音しか喋れなくなって……」
「ギャー!!!」
「マオ!?」
何が起こったのか一瞬わかんなかった。途中何か言われたような気がしたが急に近くにあった青い花から粉が反射して全部吹っ飛んだ。しかしくしゃみが出る訳でもなく体のどこにも異常がなかった。なんだったんだ?
「大丈夫かマオ!」
「お、おう……ただちょっと花粉ぶちまけられただけだ。気にしすぎだよ」
「よかった……無事で本当に良かった」
なんかすごい心配されてるな。ただ花粉なのに、そこまで心配しなくてもいいのに。そんなに言われるとさらに気が揺らいじまうだろう。お前は同い年とは思えないぐらい顔もいいんだし、マオへの嫉妬心がさらに増長されてしまう。
「マオ羨ましい、俺が影武者だってバレたらもうそんなこと言ってくれないんだろうな」
「……は?」
俺もカガチも、一瞬何が起こったのか分からなかった。
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