第12話 衣装替え

知らない人のために説明すると、猫騙しというのは主に相撲、初手で使われる技だ。相手の目と鼻の先で大きく手を叩き、相手を怯ませその隙に技をかけるというものだ。


流石に怯ませることはできないが、一瞬ぐらいは思考が停止するんじゃないのかという算段だった。言葉にしてみればもはや作戦でもなんでもない賭けであったが、幸いにも俺はその賭けに勝利した。


「うおっ!?」


「はっはぁ!! どうだ!?」


「な、なにしやがっ……」


その隙を逃すまいといや逃せば多分もう勝てないと、俺の左手が素早く槍を持っていたカガチの右手を掴む。今しかない、この先に詠唱をする。どんな効果かは知らない、まあやってみりゃわかるだろってな!


「我が名はアスモデウス、この者に勝利する者なり!」


「なに!?」


よし決まったぜ! これがダイニチが言っていた呪文だったはずだ。しかし自分で言っておいてなんだが、厨二病みたいだな。まあいい、これでカガチの動きを封じられるのなら。俺の体が光り輝く、ああ自分に影響を与える魔法みたいなもんなんかな……いいや違う、俺じゃなくて俺の服が輝いている。そのまま某プリキュアのように輝いた俺の服は形を変えて、色も変えて、なんかフリフリが出来て、後下がスースーする。


なんだこれは……気が付けば俺の制服は大きく姿を変え、ドレスになっていた。しかもただのドレスでない、フリフリやリボン、装飾が妙に多い黒いドレス。これはなんというのだっけ……そうそうゴスロリだ。


「あ、あ……」


「ん? どうした?」


何からずっと手を握っていたダイニチの様子がおかしい、さっきまでの悪魔らしい威勢を忘れて顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。どうしたんだろう、もしかして俺の格好に引いているのか? うん絶対にそうだな、こんな服着たらドン引かれても文句言えないな。しかしそんな俺の思惑とはやはり違う、多分今日はそういう想定外のことが起こりまくる厄日なんだ。


「ぐっっ! マオ、何故……」


「ん?」


「何故オレがお前のために準備した衣装を、もう着ているんだ?」


「は?」


『あー……』


そう言いながらカガチはダラダラと鼻血を流していた。あまりの事に頭が回ることを拒否している、悪魔も鼻血出るんだなーとか呑気なことを考えることしかできない。すると申し訳なさそうなダイニチの声が聞こえてくる。


『ごめんね、ちゃんとしたところで説明したかったんだけど……マオ様の魔権能はいくつかあって、それは相手を魅了する力の一つ。もっというと君を初めて見た時に着させたいとかこういう服ならもっといいのに……みたいな願望を形にする魔権能【参】衣装替えなんだ』


『えっとつまり……』


『最初から君のことが好きなカガチくんにはこれ以上ないぐらいよく効くってことだね、そのゴスロリは多分カガチ・サタンが準備していた花嫁衣装ってやつだよ』


……マオがなぜあんなにも自身の魔権能を嫌っていたのかわかる気がした。しかも参ということはこれと似たような技が少なく見積もっても2つはあるということだ、どうしようここにしてなんか不安になってきた。そうだ色欲ってこういうのじゃないか、なんで今まで考えなかったんだ。そのつまり、エロい力なんだ。


「おい、マオ……」


「な、なんだよ?」


どうしよう怒らせたか、戦いを愚弄した罪で殺されたりするのか? いいやこんな鼻血出てる状態の男を目の前にしていうことではないよな。


「……オレは諦めねえぞ、愛してるぜ」


ドサッ



……


………………




カガチは倒れた。多分貧血で倒れた、鼻からの大量出血で倒れた。これはその、オレの勝ちということでいいのか? 観客も俺も静まりかえるが、ベルゼブブ先輩はそうでもなかった。




「勝者、アスモデウス!!」


「「「うおおぉおぉお!!!」」」


「「「やったーーーーー!!」」」


「「「マオー様!! 俺と結婚してくれー!」」」


「「「カガチのヤツざまぁーーー!!!」」」


勝った……だが素直に喜べないな。カガチは倒れて動かなくなった、それなのに周りは大盛り上がりだ、特に俺へ謎のラブコールをしている勢力の連中は嬉しそうだ。しかし俺はというと、正直なところ困惑していた。この服どうやって戻すんだ、この血が足りなくてぶっ倒れたカガチはどうすればいいんだ、この妙にラブコールを飛ばしてくる連中はどうすればいいんだ。


『流石だよ正義くん! カガチ・サタンに怪我はなさそう?』


『えっと、鼻から血が出てる』


『……医務室に案内するよ』


こうして勝利した俺はゴスロリを着たままカガチを連れて行こうとするが、周りの俺に求婚する悪魔が妨害してくる。やめてくれと叫ぼうとしたが、そいつなら軒並みバーゲスト先生に〆られていた。やめてくれ、先生、なんか苦しそうだから。


「へぇ、おもしれーヤツ……」


ベルゼブブ先生に気がつくこともなく、俺は走った。

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