第7話 マオとして

一口食べて驚いた。普通にうまい。どう考えても人間界にある食材じゃない物なのにこんなにおいしいなんて、なるほどこれが悪魔界の料理か。


ニガニガソウといういかにも子供受けしなさそうなこの野菜は、見た目こそレタスだ。しかし苦味と甘味が融合した奇跡のバランスで成り立っており、いくらでも食べる事が出来る。酸っぱいもの食べた後に食べる甘いものと同じぐらい美味い。


「どうかな?」


「すげぇ、うまい! ダイニチは料理が上手いな」


「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな。どんどん食べてね」


「おう、ありがとな」


ダイニチは嬉しそうに笑う。俺はもう止まらない、次はこの黄色い卵焼き、オムレツにに手をつけよう。クック鳥だかなんだか知らねえけどどうせお前も美味いんだろ、わかってるからな。


一口運ぶ、ほらみろやっぱり美味いぞ。鶏よりも黄身が白いがそれでも味は濃い、塩バターのさっぱりした感じと絶妙にマッチしている。シンプルに旨味が強いから何もかけなくても美味しいんだこれが。


「おぉ、これもうめえ。この茶色くて甘いタルトも好きだな」


「ふふん、沼苺も気に入ってくれたみたいでよかったよ」


「そういや沼苺ってなんだ?」


「沼に実っている果物でね、魔界ではポピュラーなんだよ。今回は卵タルトと合わせる形にしたから、沼苺の甘みとよくあってるでしょ?」


確かに普通の苺より甘味が強い気がする。茶色い色に騙されてはいけない、沼から取れているとは思えないぐらいの甘さがいい。それを邪魔しないベースの卵タルトも見事だ。


気が付けば朝食にしては多いと考えていた料理達を平らげていた。最初から最後まで美味しかった。


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末様でした。どうだったかな?」


「うまかったよ、ありがとう」


正直に答えた。実際本当においしかった、ダイニチが作るものは何でもうまいという絶対的信頼がたった一食で完成されてしまうぐらいには。


「じゃあ、そろそろいこっか。入学式だもん、背筋を伸ばして襟元を正す、頑張ってね!」


「ああ」


ダイニチが食器を片付けて、俺について来てくださいと言うと、玄関の扉を開けてくれた。アスモデウス家の屋敷、という名のもはや城を出ると、色とりどりの花が咲いている(俺は花について詳しくないから綺麗だなという月並みな感想しか浮かばない)大きな庭園。そこを抜けて玄関を出るとこれまた山道が続いている。


人間界の田舎道と言われたら素直に信じてしまいそうな外。目に入る所で唯一違う2つある太陽に見守られながらダイニチについて行くと、遂にその姿を表した。


「ようこそ、悪魔立デビルニカ男子学園へ」


「……ああ」


目の前に広がるのは、まるで映画に出てくるような立派な建物の数々。門を潜り抜けるとそこには広大な敷地が広がっていた。


「……広いなぁ」


「まあね。ここが正義くんがマオ様として通うデビルニカ学園だよ、校舎はいくつもあるんだけど、今日は入学式だからね、式典館に行こうか。」


「ああ……」


周りを見ればみんなちゃんとした悪魔だ。いやダイニチもツノが生えてるし無駄に背も高いから悪魔っぽいけど、そんな感じじゃない。羽が生えてたり動物の耳がついていたり、筋肉だるまやスライム状の生徒を見つけたときはゾッとしてしまった。


「……正義くん、緊張してるのかい?大丈夫だよ、僕がついてるからさ。それに君はマオ様の影武者だ、堂々と胸を張っていれば良い」


「……そうだよな、わかった」


「うん、その意気だよ」


そう言って俺の手を握ってくる。そうだそうだ、俺はマオの影武者……アスモデウス家に恥をかかせないように振る舞うんだ。実際何をすればいいのかは知らないけど、堂々としていればいいのは間違いないはずだ。それにしても気になる事がある、ダイニチはどうして手を離してくれないんだろう。


「……な、なにやってんだ?」


「いや、だって迷子になっちゃうかもしれないでしょ? だからこうして手を繋いでいこうかなって」


「そ、そうか」


「うん、そうだよ」


なんとか笑ったつもりだが、多分引きつっていたと思う。しかし俺が緊張しているのは仕方がない事だ。何せ俺の人生で初めての中学校なのだから。それが悪魔の学校というのだから仕方のない事だと諦めてほしい。それにもう一つ俺には気がかりな事があった、いや俺以外悪魔しかいないっていう状況下ではどうでもいいことかもしれないが、それでも個人的に怖く思っている事。


「あの、ダイニチ?」


「なんだい?」


「なんか視線を感じるんだが」


ジロジロと見られるそれに気づかないはずもない。今まで近所のおばちゃんとか学校サボってたら急に話しかけてくるよく分からないオジサンに構われたり心配されたりするのは珍しい話ではなかった。しかしあくまでもそれは俺が子供であるが故の年上の人からもらえる慈悲であり、同年代からの熱烈な視線は初めてだ。しかも、


「名門のアスモデウス家の長男か、アレが」


「めちゃくちゃ可愛いな……」


「流石淫魔の家系だぜ」


一部、否ほとんどの悪魔が明後日の方向に関心があるようだ。

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