第3話 継承
俺が驚くのと同時に、ダイニチは素早く俺の手を握った。そしてそのまま唇を寄せてくる。俺は慌てて顔を背けたが、コイツはお構い無しに掴んだままの俺の手を自分の方へと引き寄せてきた。
「ちょっ、まてって……! まだ心の準備が……!」
「大丈夫だよ、目を瞑ってくれればすぐに終わるから」
「そういう問題じゃねえんだって! 大体なんでキスしたらマオの魂だのなんだのが俺のものになるんだ!? どういう原理だよ!」
なんか身体中から今まで感じたことがないような変な汗が出まくっている。どうしちゃったんだよなんだよこの地獄は。
「それは、えっと、ごめん、マオ様の魔法のおかげだから、僕にはわかりかねるかな……」
「はぁ!?」
「でも大丈夫、間違いなくマオ様の魂は勿論魔権能も魔力も正義君の魂と融合して君の一部となるから、心配はいらないよ」
「いやだから……!」
「いいから早く目を閉じるんだ」
「うぐ……っ」
あーえっとどうしようか。こうなったらヤケクソだ。どうせ元の世界に戻れないし、戻る方法もないんだ。それに、俺がここで拒んだところでダイニチは強引にでも俺にキスをしてくるだろう。それならばさっさと終わらせてしまった方が楽だし早い。覚悟を決めると、ギュッと目を閉じた。それと同時に、ダイニチの顔が近付いてくる気配を感じる。少しだけ顔を上に向け、そういえばこれ俺のファーストキスじゃんとか考えながらその時を待った。
ちゅ。
軽いリップ音と共に、ダイニチの柔らかい唇が触れた。少しだけ熱を持ったその感触に思わずビクつくと、ダイニチは俺の後頭部に手を添えてきた。そしてゆっくりと俺の口の中に舌を入れてきたのだ。
「……ッ!?」
思わず声にならない叫びを上げる。防衛本能からか、それとも恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、思わず背中をバシバシと叩いてしまった。ダイニチは俺の口内を確かめるように丁寧に舐め回すと、最後に軽く下唇を食んでから離れた。
「よし、これで完了だ。お疲れさま」
「あ、ああ……おつかれ、さん?」
何が起こったのかよくわからないが、とりあえず終わったらしい。俺は恐る恐る目を開けた。すると目の前には、少しだけ頬を赤く染めたイケメンが綺麗な笑顔を浮かべている。俺も同じような顔をしていると思うけど、あいにく顔は普通だからこんなにも爽やかなオーラは出ていない、畜生。
「どうだい、身体に変化は?」
「特にないけど……」
「そうか、それならよかった」
ダイニチはほっとした様子で胸を撫で下ろした。その表情は心底安堵しているように見える。恥ずかしさの中でも残った理性が弾き出した疑問により、俺は思わず首を傾げた。
「そんなに心配することか?」
「うん、だって初めてだったし」(この儀式が)
「は、はじめて……ッ!?」(キスが)
「……? 何かおかしいこと言ったかい?」(キスも初めてだった)
「い、いや別に……」
ダイニチは不思議そうな顔をしていたが、俺はそれよりも初めてという言葉に衝撃を受けていた。このイケメン、キスが生まれて初めての行為だったなんて……! 俺と一緒じゃん! どうしよう急に親近感湧いてきた、いやでも、恥ずかしいことには変わりないけど。
「そ、それよりさっき言ってたマオ様の魂とか魔権能とか魔力ってのは、具体的にどうなるんだ?」
「そうだね……まずはマオ様の魂と魔権能について説明しようか。明日のためにも最低限の知識は必要だよね」
明日に何があるのか恐ろしくなったが、気にも留めてくれない。そう言うとダイニチは近くにあった机の引き出しから1枚の紙を取り出した。そこには達筆で文字が書いてある。読めないが、おそらくマオの魔権能と魂のことが書かれているのだろう。書きながらでもダイニチは説明してくれた。
「マオ様の魔権能は『色欲』、主に魅了の力を持つ。その力は絶大であり、対象を意のままに操ることもできる。ただ、マオ様は魔力の質も量も桁違いだったからね、そんなことしなくても大抵の悪魔は簡単に従わせることができたんだ。お優しいからそんな事しなかったけど」
「へぇ、マジにすげぇヤツなんだな」
「そうなんだ! 本当に偉大な方で……コホン、失礼。あとは、色欲の魔権能は魔力と体力を奪う事もできる。つまりは弱体化させることができるんだ。マオ様はそれを自らに使う事で魔力と体力を抑えていたんだよ」
「すげえ……」
そこまで自分の魔権能と力が嫌いだったのか。確かに色欲の権能なんて嫌うやつは決して少なくはないだろう。真面目なダイニチのおかげで悪い奴っていうイメージだった俺の悪魔像は崩れ落ちていたとはいえ驚きだ。何という自分を律する意志の硬さ。俺だったら間違いなくその魔権能とやらに身を任せてしまう自信があった。
「それで、魔力とやらは? 具体的にどんなことが出来るんだ?」
「それはまた明日説明するよ。今日はもう遅いからね」
時計を見ると既に時刻は夜中の1時を回っている。意識した瞬間急に眠くなってきた。ダイニチは部屋を準備してあげると気を効かせてくれながら「おやすみ」と言うと俺の頭を優しく撫でた。まるで小さい子を寝かしつけるみたいに。
「……子供扱いするなよ」
「ごめんごめん、ついね」
マオ様の権能と魔力については僕がいない時でもわかるように紙に書いておくと言いながら、笑うダイニチの声は遠くなっていく。いつの間にかダイニチは消えていて、代わりに何もなかったはずの部屋はいつの間にか寝室になっていた。泳げそうなぐらいの巨大なキングサイズのベットと豪華絢爛なクローゼット、部屋の隅には女の人が化粧するための台……ドレッサーっていうのか? 他にも本棚に机、まあ個人部屋に必要なものは全部揃っていた。1人用の部屋とは思えない。
「一体どこから現れたんだ……?」
俺は首を傾げる時ともにベッドに倒れ込んだ。知らない間に随分体が疲れが溜まっていたようだ、あんな事があったのだから当然だろう。ふかふかな布団が気持ちいい。そのまま眠りに落ちるのも時間の問題だろう。
「お休みなさい、ご主人様……」
姿は見えないがダイニチの優しい声が聞こえてくる。俺はそのまま深い闇へと沈んでいった。
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