第2話 影武者

「…………幽霊?」


「肉体が死んで魂だけになっているという共通点はあるけど、違うよ」


「どう違うんだよ」


「ニュアンスが違うんだ」


嘘だろ。なんで肉体が死んでいるのに魂だけしぶとく生き残っているんだ、悪魔だからか。いいやそもそも悪魔って死ぬのか。いや生き物である以上死ぬな、うんうん。


「彼は今、悪魔としての力を使い果たしてしまったんだ」


「……は?」


「悪魔とは思えないほどにお優しいマオ様は自身の持つ強過ぎる悪魔としての本能と、それを支える上級悪魔の身が持つことができる魔権能と魔力、それらと戦い続けてきた」


「へぇ……」


ダイニチは少しだけ肩を揺らし無言になったが、また話し始めた。


なんでも、色欲を司るというわれるアスモデウス家の長男マオ・アスモデウスには代々受け継がれる特別な力、その名も魔権能があるらしい。その力は悪魔界でもトップクラスであり、魔王に匹敵するほどのものだと言う。その能力と上級悪魔のもつ魔力と戦い続けたそうだ。


マオの優しい性格が仇になったのか、それとも元々そういう気質なのかはわからないが、とにかくマオは優し過ぎた。そして己の身を顧みない程に。結果、その強大な力が暴走してアスモデウス家はマオを除いて崩壊してしまったのだとか。しかもそのマオは身体を失い意志を持たない魂としてアスモデウス邸をフラフラしている人魂になってしまった。残されたのは生きていた頃のマオの使用人をしていたダイニチただ1人だけのようだ。


「この悲劇はまだ魔界に知れ渡っていない、いわば最高機密。アスモデウス家の再興の為にはマオ様が必要不可欠なんだ。だからこれから、マオ様の魂と魔権能そして魂を君に託したいと思っている」


「いや意味わかんねぇし無理だろ! 俺人間だぞ!? そんなことできるわけないだろ!!」


「大丈夫、天使正義、君は選ばれたんだ。さあ早く、時間が惜しい」


「ちょっ、ちょっと待てって!」


ダイニチは急かすように手を引っ張ってくる。俺はその手を払い除けると、必死に抵抗した。しかしダイニチは諦めるどころかどんどんと距離を詰めてくる。まるで逃がさないと言わんばかりだ。


「お前の言ってることは全然理解できないし納得もできねえよ、なんなんだよアスモデウス家の再興とかなんとか……それにマオ様? をどうしろっていうんだ」


「これから君にマオ様の魂と魔権能、そして魔力を授ける。大丈夫だよ、君の脳や魂に支障は全くないことを約束しよう」


「そうじゃなくて……!」


「時間がないんだ!! このままじゃアスモデウス家は終わってしまう……ッ、頼む、お願いだから僕を信じてくれ……ッ!」


「_____ッ」


思わず息を呑む。そんな顔されたら、信じたくなってしまうではないか。どこまでもお気楽というか、お人好しな自分に呆れてしまう。しかし、それでも、目の前の男があまりにも悲痛に叫ぶものなので、俺はそれ以上言葉を続けることができなかった。


「……わかった」


「……ありがとう」


ダイニチは俺の返答を聞くと落ち着きを取り戻したのか、恥ずかしそうに咳払いをしたのち微笑んだ。本当にイケメンというのはずるいな、こっちが恥ずかしくなってくる。思わず照れてしまい俺の方が顔を晒した。そんな俺の様子を見届けたダイニチは、先程と同じように指先をくるりと回した。すると今度はダイニチの手元に小さな箱が現れた。その箱は青色のリボンで可愛らしくラッピングされており、中身がなんなのかは検討もつかない。


「開けてみて」


「お、おう……」


俺は促されるままに箱の蓋を開く。すると中から出てきたのは、美しい青の宝石が埋め込まれた指輪だった。


「これは?」


「これはね、マオ・アスモデウスの使っていた道具のひとつだよ」


曰く断欲の指輪というそれは付けると権能により増長される性欲や色欲を軽減する、マオの長年の研究と知識の結晶みたいだ。色欲と効いた瞬間ギョッとしたが、人間は悪魔ほどの性欲は持てないから権能や魔力を受け継いでもこの指輪だけでも充分抑えることが出来るようだ。本当に安心した。


「なんか、綺麗だな」


「でしょう? マオ様の瞳と同じ色をしているんだ。きっと似合うと思うよ」


ダイニチはそう言うと、左手の薬指にその指輪を嵌めた。サイズもぴったりで、不思議と違和感はない。むしろ付けた瞬間力が湧いてくるような気がする、これが所謂魔力というやつなのだろうか。


「これで準備は整ったね」


「……ああ、」


正直そこまで実感はないが、ダイニチがここまで真剣なのだからきっと間違いないだろう。この世界は人間の住む世界でもない上夢でもない、そもそも元の世界に戻ってもやることは思い浮かばない。ならもう受け入れるしかないじゃないか。俺は静かに深呼吸をして、ダイニチと向き合った。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」


「簡単だよ、僕とキスをしてくれればいい」


「はぁ!?」

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