アスモデウスの影武者は今日もモテモテです

荒瀬竜巻

執事との出会い

第1話 アスモデウス

そうだ、久しぶりに外に出よう。そう思っただけだったのに。普通に外に出て普通に駅の改札を通ったはずなのに。


「どの世界にも不幸な子っていうのはいるもんだねー」


何故か変なお城に飛ばされた。不幸とはなんだ不幸とは。確かに幸福かと聞かれたら不幸だと答えるが、不幸かと聞かれれば幸福と答える、つまりは普通の生活を送ってきたつもりだ。腹を立てる俺を気にする事なく話を進めるヤツは、無駄に黒髪のイケメンで無駄にスタイルがいい上に背が高くてなんというか、角と翼? みたいなのが生えている。着こなしている黒と赤を基調した個性的なスーツも相まってなんというか異質だ。


ハロウィンでもないのに、近くで仮装大会でもあるのだろうか。ひょっとしてこの城も仮装大会のために市民館を飾りつけたり……それにしては力作すぎる。それにだからといって俺が改札を通ったらここに来たというよくわからん現象を説明するそれにはならない。


「たいした夢もなくて、親にも期待されてなくて、それゆえ自分にも自信がなく頼まれごとは断れない。人脈は浅いから失踪したぐらいじゃ気にも留めてくれない、数年も経てば忘れられるような中学入学を間近に控えた12歳の男の子。こんなに転移魔法の発動条件を限定させたのに、本当によく潜り抜けたね」


「……うっせーッス」


全部図星で何も言えない。けど、なんかムカつく。一方的にそっぽを向くと、そいつは頭を撫でてきた。やめろいくら年上の人相手だからって、年下らしい対応を取られるのが仕方ないからって、頭を撫でられるのは許容範囲外だ。親にも撫でられた事ないのに。


「まあでもそのおかげで君は今ここに居るわけだけどね」


「意味わかんねぇッス……」


「そんな風に言わないで、それに此処では君の方が地位が上なんだ。僕はこれから君の執事になるんだよ?」


「……羊?」


「別に僕のツノの話をしているんじゃなきて」


おいおい知らん場所に連れてきた挙句羊を名乗るな。いっそのこと自らを誘拐犯と名乗ってくれた方が安心できたのに。いやこんなに顔のいい誘拐犯なんているか? そもそもお前誰だよ、ほんで此処どこだよ。


「____此処は悪魔界だよ、君たちの住む世界の隣にあるから、馴染み深いんじゃないのかな?」


「いいや全然」


「そっか。じゃあ執事ダイニチ・カリオストロの初任務だ、新しいご主人様に1から説明してあげる。君の名前は?」


「あ、天使正義(あまつかせいぎ)ですけど……」


「そうかそうか……可愛い名前だね」


こ、こわい。一周回って怒りとか戸惑いより恐怖が勝ってきたぞ。震える俺の手を握り、羊を名乗るイケメンの不審者は話を始めた。


「此処は悪魔界、読んで字の如く悪魔が住む世界なんだ。本来人間の君はきちゃいけないんだけど、とある事情があってね……




単刀直入にいうと、君には僕が生涯をかけて使えると決めた悪魔界の中でも屈指の名門一家、色欲を司るアスモデウス家を救ってほしいんだ」


いやいや、何言ってんだよ。アスモデウス家。聞いたことがない、俺の知らない外国の一家? いいや悪魔の一族って言ってたな、じゃあ知るわけない。なんかここまで来ると逆に冷静になる。もう俺は目の前にいるダイニチ・カリオストロが人間じゃないことを確信しているし、多分異世界転移してしまったことも理解した。


さっきまで頭の中で渦巻いていた疑問の数々がストンと胸の中に落ちてくる感覚だ。きっとこれは夢ではない、夢にしてはリアル過ぎる。現実逃避をする暇もないほどに、俺の置かれている状況がヤバい事を察するしかないのだ。


「それで、その家のお坊ちゃん? は一体全体どんな不幸を背負っているんすか」


「うん。背負っているっていうよりも、もう潰れてしまってるんだよね」


「え?」


俺はもう冷静なつもりだった。何が起きても対処できそうな気すらした。しかしそれは見当違いだったようだ。だってまさかそんな、想像もしないような答えが返ってくるなんて思わないじゃないか。潰されてる? どういうことだ、そのお坊ちゃんというのはそんなにも危険な状態なのか。


「先ずは見てもらおうね。アスモデウス家が誇る最後の希望、長男マオ・アスモデウス様の現状を」


そう言うとダイニチは何処からか出した大きな鏡を地面に置き、そしてまたどこからともなく取り出した小さな箱を指先でくるりと回した。するとどうだろう、鏡の中から突然煙のようなものが立ち込めて視界を塞いだ。驚いて声をあげると、ダイニチは大丈夫と言いながら俺の背中を支えた。


「煙はただの演出だよ、ほら見て」


言われた通りに恐る恐る目を開ける。しかし、そこには何もなかった。ただ煙の残骸がふらふらと飛んでいるだけである。どんなに想像を絶する景色が広がっていても驚くなられと心を決めたというのに、これはこれで物足りないというより拍子抜けだ。


「……あれ、いないじゃん」


「あの煙を、煙の残骸を見るんだ」


「はぁ……?」


「いいから」


少しだけ強い口調で言われて、渋々視線を戻す。するとそこには、何かがあった。最初はそれがなんだかわからなくて、暫くじっと見つめていたのだが、段々と見えてきた。というよりわかってきた。この世界に順応したからか、それとも単純に俺が冴えていたからか、まあつまりは察したのだ。


あの煙こそ、今にも消えそうなあの人魂の燃え滓のようなそれこそが、アスモデウスの家の長男、マオ・アスモデウスなのだろう。

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