第50話 英雄と王女

「リーア!これはどういうことだっ!!?」


 僕とリーアがお互いの気持を確かめ合った直後、魔族の英雄が上空から突如として現れ、着地の衝撃で舞い上がった土煙が収まりををみせてくると、彼は怒気も露わに僕とリーアを睨みつけてきた。


「お、叔父様・・・これは・・・その・・・」

「仮面を外しているが、お前が密会しているのは人族の新たな勇者候補だな?先程まで刃を交えていたというのに、何を考えている!!」

「・・・・・・」


詰め寄る魔族の英雄に対して、リーアは完全に萎縮してしまっている。その為、彼の怒声に視線を合わせられず、俯いてしまっている状態だ。助け舟を出したいのは山々なのだが、本来敵対しているはずの僕が出ることで余計に話が拗れてしまうことを懸念してしまい、何も言い出せなかった。


「まさかとは思うが、魔族を裏切るつもりではあるまいな!?」

「っ!?そ、そんなことは考えていません!私はただ・・・」


魔族の英雄からの追及に、リーアは言い難そうに言い淀んでいた。その様子に、彼は目を見開いて声を荒げる。


「よもや、人族に恋慕しているなどと言うわけではあるまいな!!?」

「っ!!わ、私は・・・」

「仮にも魔族の英雄を志そうとしている者が、敵対する人族に心を許すつもりか!!人族はお前の両親を奪ったかたきなのだぞ!!」

「・・・・・・」


顔を真赤にしながら怒鳴り続ける魔族の英雄に対し、リーアは肩を震わせながら拳を握りしめている。そんな彼女の様子に、僕は動き出した。


「人族の全てが魔族に敵対しているわけではありませんよ」


リーアと魔族の英雄とのやり取りを見ていられなくなった僕は、気がつくとリーアを庇うようにして魔族の英雄に対して反論していた。


「キサマ・・・それは自分の立場を理解しての言葉か?」


僕の言葉に、殺気を押し殺すようにして静かな口調で問い質してくる魔族の英雄に対し、僕は毅然とした態度で口を開いた。


「確かに今の僕は人族の勇者候補という、魔族と敵対する立場に居ます。ですが、それは僕自身が望んだものではありません。僕は、魔族との和平を望んでいます!!」

「小僧・・・、我々はつい先程まで互いの命を賭けて刃を交えていたのだぞ!和平などと、どの口が言うか!!」


魔族の英雄は、僕の言葉に激高するように腰の剣を抜き放ち、その剣先を僕に向けながら凄んできた。それは今にも襲いかかって来そうな迫力だったのだが、ここで手を出しては彼とはもう交渉出来なくなるだろうと考え、目を逸らさずに視線を合わせ続けた。


「小僧。よもやこの状況で無事に帰られるなどと思っておらぬだろうな?」

「・・・僕には叶えたい願いがあります。それを実現するまで、死ぬつもりはありません」

「キサマの願いなど、種族同士の争いの前ではゴミ同然だ!そんなものでこの戦争が止まるわけがないわっ!!それは現実を知らぬ子供の戯言に過ぎん!」


激高する魔族の英雄だったが、その言葉の節々から、彼が戦争に対してそれほど肯定的に捉えていないように伺える。


「既に我々は長引く戦争で、互いを憎しみ過ぎている。今更和平交渉など絵空事だ!」

「確かに、これまで戦争にその身置き、家族や友人を殺された方々にとってみれば、そのかたきだった者達と手を取り合う未来など選べないでしょう。しかし、まだ憎しみを抱いていない者、憎しみを乗り越えた者達までもを一括りにしないで下さい!」

「・・・・・・」


僕の主張に、魔族の英雄は目元を顰める様子を見せるも、こちらに向けている剣を降ろすことは無かった。



 そして膠着状態のまま少しの時間が流れたのだが、新たな人物の登場により、事態は思わぬ方向へ向かうこととなった。


「ふふふ、魔族の英雄ともあろうお方が、成人したばかりの子に言い負かされますか」

「・・・この国の王女だったか?先程からこちらの様子を伺っていたようだが、この場に身を晒す意味は理解しているんだろうな?」


現れたのは、近衛騎士を連れ立った王女殿下だった。何故この場に殿下が来られたのかは不明だし、そもそもたった2人の護衛しか付けていない。しかもその衣装は舞踏会でもあるかのようなきらびやかな水色のドレスを着用するという、この場所に不釣り合い極まりないものだった。


そして魔族の英雄が指摘するように、今の状況は殿下にとって非常に危うい。僕が殿下を守りきれなかった場合、重要人物として人質にとられ、戦争に利用される未来しか思い浮かばない。


「ええ、もちろん全て理解しての事です。そして、その上で姿を見せたわたくしの行動に、どのような理由があるのか既にお分かりになっているのではないですか?」

「・・・キサマが人界の国々で人脈を広めようとしていることは知っている。その意味と、このタイミングで私の前に現れた理由を推察すれば、狙いなどお見通しだ」

「あら、さすがですわ。では、応じていただけませんでしょうか?」

「・・・話だけは聞いてやろう。キサマへの対応については、その後決める」

「聞いていた通り、理知的な方ですわね。感謝申し上げます」

「ふん」


王女殿下は魔族の英雄が了承の意を示すと、流麗な動作でドレスのスカートを摘まみ、美しくカーテシーをしてみせた。その様子に、魔族の英雄は不快げな表情を崩すことなく剣を納めた。いったい今のやり取りにどんな意味が込められ、何を目的として話し合いをするのか僕には分からないが、一先ずこの場を切り抜けられたことに安堵するのだった。


 

「・・・ライデル。あなた一国の王女と知り合いなの?」


 話し合いの場を設けるため、どこから持ってきたのか、王女殿下の護衛の2人がテキパキと椅子とテーブルを準備しだした。簡易的なものだが、4人は座れるほどの大きさがあり、その様子を王女殿下と魔族の英雄が、僕とリーアから少し離れて見ている。


用意が済むまでの手持ち無沙汰な時間の中で、話の流れに置いてきぼり気味になり、困惑している僕に向かって、リーアは声を潜めながら少し不機嫌を滲ませたような声音で聞いてきた。


「知り合いというか、協力関係というか・・・」


王女殿下との関係性をどう説明していいか悩んだ僕は、歯切れ悪い答えになってしまった。それがリーアには気に入らなかったようで、不機嫌の度合いが増したような表情になっていく。


「ふ~ん。彼女、小さくてお人形みたいに綺麗な顔してるもんね。肌も白くて綺麗だし、どこか儚げで守ってあげたくなるような感じだし、男って年下の女の子が好きって聞くし・・・」


段々と僕を見る目がジト目になっていき、問い詰めるような口調になってきたことで、僕はようやく彼女が僕と王女殿下との関係性を怪しんでいるのではないかという事に気がつく。


「あ、あの、リーア?王女殿下とはそういうんじゃ無いからね?さすがに身分が違いすぎるし、ただ目的が同じという協力者なだけだからね?」

「ふ〜ん・・・」


明らかに納得していない様子だったが、彼女がそれ以上僕を追求することは出来ないかった。何故なら・・・


「リーア!いつまで人族の男と話しているつもりだ!!お前は魔族の希望となるべき存在なのだぞ!もっとその自覚を持って行動しろ!!!」

「っ!!はっ、はいっ!!」


魔族の英雄の急な怒声に、余程彼が怖いのか、リーアは真剣な表情で身体を硬直させながら返事をしていた。僕も彼女に釣られて彼の方に視線を向けると、バッチリと目が合ってしまう。僕を視線で射殺さんとするような濃密な殺気を添えて。


「・・・僕、嫌われてるようだね」

「ま、まぁ、ライデルは叔父様を撃退しちゃってるから、思うところがあるんじゃない?」


声が聞こえないように小声でコソコソと話ながら王女殿下と魔族の英雄の元へ近づき、これから始まる話し合いに同席するのだった。

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