第51話 密約

 その会談は、主に王女殿下と魔族の英雄との間で行われることになった。


簡易なテーブルを挟み、対面には魔族の英雄とリーア。こちらは王女殿下と僕が座り、その場所から少し離れて、護衛の近衛騎士二人が周囲を警戒するように巡回している。どうやら近衛騎士の方々はこの話し合いに同席するつもりはないようで、この会談を盗み見しようとしている者や、魔物達が襲いかかってこないように見張っているようだ。


「馬鹿なっ!!あの大神官に雷魔法の適正があるだとっ!?しかもその力を利用して、周りの者達を洗脳しているなどと、信じられるか!!」

「ですが、それは事実です。幸いと言っていいかは分かりかねますが、それほど強い雷魔法は使えないようです。しかし、その微弱な威力があり得ないことを現実にしてまったようです」


目を見開きながら詰め寄る魔族の英雄に対して、王女殿下は落ち着いた様子で返答していた。


「・・・その話を信じる根拠は?」

「今は、わたくしには相手の力を見破る能力があるとだけ伝えておきましょう」

「・・・具体的な洗脳方法は分かっているのか?」

「ええ。洗脳対象への接触が条件です。それも、より頭部に近い場所が最適のようですね」


先程から王女殿下は魔族の英雄に対し、小出しに情報を提示しつつ、そこから生まれた疑問に返答するような形で会話を進めている。必然的に話し合う時間は長くなり、たまに会話の端々で本題から逸れることもあるのだが、その中で魔族の英雄の戦争に対する考え方、国内の情勢などを少しずつ探っているようだった。


(こうして外側から王女殿下のやり取りを見ていると、やっぱり交渉事に長けているのが分かるな。何より、こちらの情報も少しずつ開示し、相手に不信感を持たれず、その感情や魔界の内情の一端を話させている。僕より年下なはずなのに、さすが王族だな・・・)


王女殿下の外見は、その身体の小ささや幼い顔立ちもあって、10歳前後の年齢にしか見えない。ただそれが、かえって相手の警戒心を解いているようにも見える。そして、王女殿下も自身の外見が相手に与える印象を熟知しているようで、時に子供らしく小首を傾げながら、時に大人びた様子で意見を言う様は、まるで同時に別人と話しているような錯覚すら覚えるほどだった。


そんな王女殿下の様子に圧倒されつつ会談の様子を見守っていると、向かいの席に座るリーアが、僕と殿下を交互に見ながら眉間にシワを寄せている事に気づいた。その視線は、未だに僕と殿下の間柄を疑っているような、そんな疑惑の眼差しだった。


(本当にそんなんじゃないんだけど・・・どうしたらリーアは信じてくれるんだろう・・・)


重要な話をしている最中に、個人的なことをこちら側で話すわけにもいかず、憂鬱な気分になりながらも、この後どうやってリーアの誤解を解こうか頭を悩ませるのだった。



「なるほど・・・あくまで目的は和平ということか」

「はい。現在の長期に渡るこの種族同士の戦争は、あの大神官の計画によって行われていること。大神官さえ抑えてしまえば、人族と魔族との間に和平が成立するはずです」


 1時間ほどの話し合いを経て、会談はいよいよ佳境に入ろうとしていた。王女殿下は現在の戦争の根底にあるものや、各国の有力者達が洗脳状態にあることを説明し、それに対して魔族の英雄は、適宜疑問点をぶつけつつ、何かを納得しているような様子だった。


それが魔族にとっては機密事項になるのか、具体的な明言は避けているようだったが、王女殿下も何か心当たりがあるようで、訳知り顔で微笑んでいた。


どうやら会談は王女殿下の思惑に沿う形で順調に推移しているようだったが、まったく順調でない物事もあった。


それは・・・


(う~ん、リーアの誤解を解く暇がない・・・)

 

会談中、適宜僕やリーアにも意見や考えを求められることもあり、今まで見聞きしてきたことや、そこから考えられる事について発言したりした。ただ、内容的にはリーアの誤解を解消するものでは全く無いので、彼女の傾いた機嫌を良くするものではなかった。


「そちらの思惑は理解した。あの胡散臭い協力者・・・大神官が黒幕だと言うのも、納得できる要素はこちらも実感している。しかし・・・」

「だからと言ってこの戦争をすぐに止めることは出来ない、ですか?」


魔族の英雄の言葉に、王女殿下は被せるようにして彼の言葉の先を口にした。その様子に彼は眉間にシワを寄せ、ため息混じりの口調で口を開いた。


「そうだ。確かに私の立場にはある程度の影響力がある。が、それは魔族全ての意思を決められるほどではない。停戦と開戦を繰り返して既に3年近く人族と戦っているのだ、余程の条件でない限り、和平交渉は出来ぬだろうな。お互いに・・・」


実感の籠った魔族の英雄の言葉に、僕はこの戦争の根深さの一端を垣間見た気がした。戦争を止めたいと思う気持ちはあれど、もはやただ単に止めることは出来ず、そこには何かしらの益となる条件など、これまでの犠牲も納得して終わらせられる何かが必要だということだろう。


「この戦争の発端は、現在人族と魔族の戦争の主戦場となっている、あの大陸が原因ですわよね?」

「それは、まぁそうだが・・・何を企んでいる?」


王女殿下の裏がありそうな表情に、魔族の英雄は訝しげな表情を浮かべながら、警戒心も露に問い詰める。


「実はわたくし、いえ、わたくし達は革命を予定しております」

「っ!革命だと!?しかも、『わたくし達』とはどういう意味だ?」


王女殿下の発言に、魔族の英雄は鋭い視線を向けながら真意を問い詰めていた。


わたくしが各国で人脈を広げていた理由ですが、わたくしと同じ考えを持つ方達を探していたのです。それも、大神官とは距離があり、有能ではあるが権力争いや家督争いに敗れた有力者達を・・・」

「なるほど、実力はあれど機会に恵まれなかった人材か・・・国の運営には直接意見を言えるわけではないから、奴から目を付けられずに洗脳の対象にならなかったというわけか・・・しかし、実際の実務経験の無い有象無象が集まったところで、革命など成功せんだろう?まぁ、人族達が混乱に陥るなら、こちらとしては願ったりだがな」


彼の指摘はもっともで、革命が単に各国内に混乱を招き、それが魔族の侵攻の機運を高める結果となってしまう可能性もある。しかし、王女殿下は不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。


「ふふふ、どうやら勘違いしていらっしゃるようですが、わたくしの言う革命とは、この人界に対してだけの事ではありませんよ?」

「何っ?」

わたくしは世界に対して革命を起こすのです!この戦争を終わらせる第三の勢力として!!」

「「「なっ!?」」」


王女殿下の言葉に、僕を含めたこの場の全員が唖然と彼女を見つめた。協力者として多少なり殿下の革命の話は聞いてはいたが、具体的に何をどうするかと言うことまでは聞かされていない。今の言葉で、世界を相手にしようなどという壮大な戦略を考えていた殿下に対し、いったいこれからどんな状況になるのか、戦慄を覚えるのだった。



「あの王女・・・中々の策士ね」


 会談が終わると、リーアは若干面白くなさそうな表情を浮かべながら僕に話しかけてきた。


あれから今後の具体的な行動や予定の一端を魔族の英雄に説明しつつ、その際の疑問にも的確に答えていた。僕としてもそんな計画だったのかと驚きを隠せなかったが、最終的な目標である人族と魔族との和平がそこにあり、僕としては納得できるものだった。


ただ、魔族の英雄もそれに納得して実際に協力してくれるかは未知数で、終始腹の探り合いのような様相を呈しつつも、最後は口約束だが、ある種の密約を交わす結果となった。


そして会談の後、王女殿下はリーアと少し話をして、僕との関係性について誤解を与えたことに対して謝罪の言葉を伝えていた。


「ま、まぁ、一国の王女殿下だしね。僕なんかよりずっと頭が良いのは間違いないし、もっとずっと先の事まで見据えているんだろうね」

「さすがに王族だけあって、人心掌握術に長けているんでしょうね。私の心情を正確に読み取り、わざわざ王女自ら頭を下げる・・・そんな事までされたら、悪印象なんて抱けないもの・・・」


リーアの言葉に、なるほどなと納得させられる。交渉相手に対し、必要な言葉を的確なタイミングで伝えるというのは、それだけで立派な才能だろう。


「ライデル・・・あなたとはまた戦場で会うことになる・・・どうか無茶だけはしないでね」

「それはリーアもだよ。出来れば君には安全な場所に居て欲しい。でも、この戦争を終わらせるためには、僕と君が戦場に居ることが必要になってくる・・・心配だよ」


お互いの身を案ずる言葉をかけると、リーアは柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「それなら、私はあなたを守るから、あなたも私を守ってね!」

「っ!うん!約束するよ!!」


それは、2年前に交わした約束の言葉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る