第44話 迎撃準備


 人界に侵入し、魔族の橋頭保となる砦の建設に着手し始め、土魔法を併用して着々と工事を進めていると、前日に別行動で部隊を離れていた叔父様達が戻ってきた。


「お帰りなさい、グラビス殿。首尾は如何でしたでしょうか?」


叔父様は眉間にシワを寄せながら難しい表情をしており、同行した2人も疲弊した表情を浮かべている。あの叔父様が任務に失敗するようなことは無いだろうが、相当困難な内容だったのだろう。


「少し問題が出た。至急、対策会議をせねばならん。砦建設等の指揮は他の者に任せ、今から報告会議をするぞ」

「えっ!?は、はい、分かりました」


思いがけない叔父様の言葉に私は動揺しつつも、指示通りに現場の指揮を副官に委譲し、会議用の仮設天幕へ叔父様達3人と共に入った。



「先ずは今回私が受けた別任務について説明しておこう」


 会議用天幕内の円卓に座ると、対面付近に座る叔父様が厳しい表情を浮かべながら口を開いた。


「協力者からの依頼内容は、このダルム王国の勇者候補の暗殺だ」

「暗殺ですか?協力者は人族の裏切り者ということですから、戦力低下を目的とした依頼だと理解できますが・・・確かこの国の勇者候補は第二王子だったはず。相当な手練の護衛が複数人居たのでしょうか?」


暗殺依頼の目的を推考し、その上で叔父様が任務に問題が置きたと言うのであれば、一番可能性の高いものとして確認したのだが、私の言葉に叔父様は首を横に振った。


「いや、最近人族の教会が認定した平民の勇者候補がいる。そいつが標的だ」

「!?そうだったのですね。恥ずかしながら、情報収集を怠ったようで・・・」


叔父様の言葉に、人族の最大戦力となり得る新たな勇者候補の情報を知らなかった事を恥じて謝罪したが、そんな私に対して叔父様は叱責するでもなく、情報源について説明してくれた。


「いや、知らないのも無理はない。新たな勇者候補については、実は全く公にされていないからな。私が知ったのも協力者からの情報があったからだ」

「公にされない?そんなことがあるのですか?」


一般的に人族の勇者候補とは、魔族の英雄候補と同じようなものだ。同じ国で2人も教会から勇者候補認定されるということは、それだけその国は豊富な人材がいるということになる。


そうなれば他国に対しても優位に立てるし、国民も安堵するはずだ。国威発揚とはよく言うが、新たな勇者候補というのはそういった存在なはずだと私は考えている。にもかかわらず、その事実を公表しないというこの国の姿勢が理解できなかった。


「疑問に思うのも最もだ。事実、私だってこの国の姿勢をいぶかしんでいる。ただ、協力者の影響もあるだろうが、そもそも人族は血筋至上主義な面があるからな。平民の勇者候補など認められんのだろうよ・・・」

「本当に人族というのは、非合理的ですね・・・」


叔父様の指摘に、私はため息を吐きながら同意した。


ただ、ここで疑問が生じる。人族の体質として平民の勇者候補を認めたくないということであれば、その勇者候補には護衛等の同行者は少ないはずだ。もし、その上で叔父様が任務に失敗、あるいは問題が生じたとなれば・・・


「まさか!その平民の勇者候補が、とんでもない実力の持ち主だったのですか?」

「・・・その通りだ。魔法については不明だが、剣術においては私と肩を並べるだろう。しかも、身体強化についてはリーア、お前が使用している肉体に浸透させるような方法を用いているのではないかと推察される」

「えっ!?」


私の質問に、苦虫を噛み潰したような表情で口を開く叔父様の言葉が、ひどく私を動揺させた。それは、あの身体強化方法は私の知る限り、ライデルしか使うことが出来なかったはずだからだ。


(・・・まさかライデルが勇者候補に!?で、でも、あの身体強化方法は、村の人達にも教えていたと言っていたはず。なら、そこから話が広がって、別の街の誰かがあの身体強化を出来るようになっても不思議じゃない・・・でも・・・)


様々な可能性が脳裏を過るが、その勇者候補が基本4大魔法を使えるのなら、ライデルの可能性は無くなる。なにせ、彼は雷魔法しか適性がないのだから。


「どうした、リーア?」


私がずっと考え込んでいる様子に疑問を抱いたのか、叔父様が怪訝な表情で声をかけてきた。


「い、いえ。私と同じ様な身体強化方法に至った人族が居るということに驚いただけで・・・その勇者候補、魔法は使わなかったのですか?」


何とか叔父様を誤魔化すように言葉を紡ぐと、私の質問に叔父様は眉間に皺を寄せた。


「・・・確証は無いが、奴は雷魔法の使い手の可能性があるかもしれん」

「っ!!」


叔父様の言葉に、私の心臓は止まりそうになってしまった。肉体に浸透させる身体強化方法に、雷魔法を使うことが出来る人物が居るとすれば、それはライデルしかありえない。


驚愕する私の様子を見た叔父様は、ありがたいことにその反応を勘違いしてくれた。


「驚くのはもっともだろう。なにせ雷魔法など、歴史の中でしか登場しない話なのだからな。とはいえ確証はない。あの攻撃が、人族が開発した魔導具によるものと考える方が可能性は高いからな。なにせ奴が手にしていた剣は、刃が無いという特殊なものだった。一応、最悪を想定した場合の話だ」

「そ、そうなんですね・・・」


叔父様の話に、少し落ち着きを取り戻したが、それでも心の中では新たな勇者候補はライデルなのではないかという疑念が消えることはなかった。


(可能性としては低い・・はず。ライデルがあの村を離れるなんて・・・身体の弱いお母さんが居るから、そんなことしない。そう。大丈夫・・・絶対にライデルなんかじゃない・・・)


彼であって欲しくないという願望が、その可能性を否定出来る理由を探していく。それでも、そこまでしても、もしかしてという考えは、心の片隅に残ってしまった。



 それから、その勇者候補についての現状戦力や容姿について、実際に相対した叔父様を含め、同行した2人からも報告された。その内容として、魔法による攻撃手段を見せていなかったことから、剣術によるものでしか評価できないが、問題はその才能の高さだった。


叔父様とその勇者候補が一騎討ちになった時点では、剣術において叔父様の方が優位に立っていたのだが、あろうことかその勇者候補は、叔父様の剣筋を僅か数回の打ち合いで吸収し、あっという間に自分のものとして取り入れてしまったのだという。


その顔は白い仮面で隠されていて、正確な年齢などは分からなかったという事だが、雰囲気としてまだ若い印象だったという。つまり、その勇者候補の成長余地は、まだまだ残されているということだ。しかも、今の段階で英雄である叔父様をも上回る実力になりつつあり、今後の成長如何によっては、手の付けられない相手になる可能性すらあるということだ。


「そして、あやつは優位な状況であったにもかかわらず、何故か撤退した。負傷したからという理由もあるかもしれんが、それにしては不可解なタイミングだった。本当の理由は分からんが、最悪を想定するなら、体制を整えて、完全にこちらを討ちに来る可能性もある。早々に迎え撃つ体制をこちらも整えねばならん」

「分かりました。建設中の砦を利用して戦闘を行うのは、その後の事を考えるとまずいでしょう。それなら、斥候を放って相手の動向を監視しつつ、この拠点から少し離れた場所で迎え撃ちますか?」

 

叔父様の考えに、こちらの迎撃体制を提案すると、少し考える素振りを見せながら口を開いた。


「・・・そうだな。おそらく協力者の働きかけで、奴は単独、あるいは少人数んで来る可能性が高いだろう。それならば斥候にこの2人を配置し、同行者がいた場合は2人に受け持たせ、目標との戦闘は私とリーアで行った方が良いだろう」

「では、副官に私とグラビス殿が不在となることと、この現場の指揮権の移譲を行い、迎撃の準備に取りかかりましょう」


おそらく叔父様は、ご自身と私以外では戦闘において逆に足手まといになると考えたのだろう。実際に戦闘を行ったことでそう感じたのか、その発言をした際、一緒に同行していた2人は、悔しさに顔をしかめていた。


そうして勇者候補襲来の迎撃準備の為、私は動き出した。


心にしこりを残しながら。


(どうかライデルじゃありませんように・・・)

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