第43話 魔族討伐命令

 王女殿下から『革命』という不穏な考えを聞いた2日後、僕は今回の事態を報告すべく、デラベルの衛兵隊駐屯地へと戻っていた。


ちなみに王女殿下とは別々に都市へと戻っている。なんでも自分の動きが教会、特に大神官様に嗅ぎつけられないようにとのことらしい。実はあのワイバーンの森付近に来るにも、身代わりの人員を用意し、殿下自身は宿で休んでいる様に装っているのだという。


またファルメリアさんだが、彼女は僕の暗殺を命令されているが、現状ではその気は無いようなので、とりあえずこのまま同行して都市に戻ろうかとも思っていたのだが、王女殿下からの提案で別行動をすることになった。


その提案とは、ファルメリアさんに僕の故郷であるフーリュ村へと赴いてもらい、母さんを保護するというものだった。何故母さんをという僕の疑問に、王女殿下は真剣な表情を浮かべながら口を開いた。


「いい?ライデルという武力において強大な存在の排除に失敗した場合、次に相手はどんな行動に出ると思う?」

「・・・諦めてくれる事が一番ですけど・・・ありえないですよね?」


僕の希望的な発言に、王女殿下は大きなため息をついた。


「そうね。武力では敵わない相手を排除するには、搦手からめてを使うしか無いわ」

「・・・まさか、母さんを人質に取るってことですか!?」


王女殿下の言葉に、僕は声を荒らげてしまった。殿下に対して失礼極まりない言動だったが、驚きのあまり感情が抑えられなかったのだ。


「う゛、う゛ん!ライデル殿・・・」

「す、すみません。つい興奮してしまって・・・」


カーリーさんが咳払いしながら不快げに眉を潜めて咎めてくると、僕は少し落ち着きを取り戻し、自分の言動について謝罪した。


「あなたは今まで、人との争い事に縁遠い生活を送ってきていたようですから、仕方ないことでしょう。ただ、公の場でその様な態度を取られると、わたくしとしても処罰しなければならないので注意しなさい」

「ご忠告ありがとうございます。それで、その、母さんが人質にされるというのは本当なのでしょうか?」


王女殿下は、右の手の平をこちに方に向け、僕の生い立ちに理解を示してくれた。これが王子殿下だったら問答無用で不敬罪に問われただろうが、現状では王女殿下とは協力関係にあるので、寛大な処置だったのだろう。


「可能性の話ですが、確率は高いでしょうね。武力で劣っているのに、真正面から相対するのは愚の骨頂。となれば、あなたの弱みを握り、無力化した上で排除する。これが一番可能性が高いでしょう?」

「・・・とすると、村にいる僕の友人なども危ないのではないでしょうか?」


王女殿下の指摘に、僕は村で仲の良かった2人の友人の顔が浮かんだが、その言葉に王女殿下は首を横に振った。


「人の一番の弱みというのは愛情よ。恋人への愛情、肉親への愛情・・・それと比べると、友情では少し弱いわね。それに、弱みは多い方が良いけれど、人質となると話は別ね。監禁する場所の確保もそうだし、あまり大人数だと痕跡が残るわ。人質を取るなら、相手の知り得ない場所に隠す必要があるでしょ?」

「な、なるほど・・・」


人質を取るなんてこと自体考えたこともなかったので、王女殿下の説明は、僕には無い視点という驚きで感心してしまった。



 そうして一通り王女殿下から説明を受けた僕は、後ろに控えるファルメリアさんに視線を向けた。


本来であれば僕がフーリュ村に戻って危険を排除すれば話は早いのだが、それだとこちらの思惑も相手に気づかれてしまい、早々に教会や国を巻き込んだ全面闘争に突入してしまう懸念があるため、王女殿下から待ったが掛かった。


それでも納得しかねる僕に殿下は、「今の状況で全面対決にでもなれば、あなたの村を巻き込む事にもなりかねないわよ?」と、半ば脅しのような言葉に結局折れ、ファルメリアさんを頼ることになった。


その際、ファルメリアさんは今回の騒動でワイバーンに襲われて死んだ事にするという。その方が彼女も動きやすいし、何よりこのまま一緒に行動するということは、王都に戻った時、彼女はこれまで通り奴隷として生きていくということに他ならない。せっかく奴隷の首輪が破壊されているのであれば、このまま開放するという交換条件で殿下はファルメリアさんと交渉したのだ。


母さんを迎えに行くという点についてファルメリアさんはふたつ返事で殿下の申し出を受けたのだが、その上で条件を付けていた。


「大丈夫よライデル君。無事にあなたのお母さんを連れてくるわ」

「よろしくお願いします」

「ええ。長い付き合いになるんだから、あなたのお母さんにもちゃんと挨拶しておかないとね」

「は、はい・・・」


その条件というのは、僕に仕えたいというものだった。もちろん奴隷のような主従関係などではなく、メイドさんを雇用するようなものだ。


なんでもファルメリアさん曰く、僕の成長を見守りたいという、まるで母親のような想いがあるらしい。ワイバーンに捕食されそうになったところを助けた影響だろうとは思うが、それにしても僕に対して母性を抱いているような表情に、なんとも複雑な思いだ。


ただ、僕の母さんは身体が弱いので、ファルメリアさんが日常生活の補助をしてくれるというのならありがたい。彼女は魔族とはいえ、リーアのこともあるし、母さんもある程度魔族に対して免疫はあるだろうから、なんとかなりそうだなと楽観的な思いだった。


とはいえ事情を説明する必要はあるし、急に魔族が自分の家に来たら慌てる可能性もあるので、母さんへの手紙と、村から持ってきている剣をファルメリアさんに預け、更に用心のため、王女殿下の近衛騎士様が1人同行することで、円滑に話が進むようにと準備を進め、早々にフーリュ村へと向かってしまった。


王女殿下から示された地図を確認すると、この森からおよそ50キロの距離があるので、馬車で丸2日もあれば到着するだろう。事が上手く運べは、ファルメリアさんと母さんはそのまま辺境にある都市へと向かい、王女殿下が所有する別荘に匿ってくれるとのことだ。


そして、僕が依頼を受けている今回の件が一段落すれば、王国は勇者候補として正式に王子殿下を指名し、お役御免となるはずなので、そこで僕は母さん達と合流し、そこから王女殿下の革命に協力することになる。


革命と言っても、王女殿下が目指す革命は戦争の早期停戦と、魔族との間における和平条約の締結だ。国同士ではなく、種族として争っている状況でそんな事が一国の王女殿下に可能なのかと疑問に思うが、何かしら策があるらしく、自信に満ちた表情をしていた。


僕としても戦争の停戦や魔族との和平は大賛成なので、王女殿下の革命に協力することにしたのだ。


その事ですぐに何らかの行動を指示されるかと思ったが、現状ではまだ準備不足ということもあり、一先ずは何事もないように過ごして欲しいということだった。唯一注意された事といえば、王女殿下との協力関係を悟られないようにというものぐらいだ。


そうしてデラベルの都市へと帰還し、事前情報との食い違いがあることについての報告をするため、衛兵隊の駐屯地に向かい、指揮官であるレグナーさんを訪ねた。



「・・・なるほど、ワイバーンの巣はそれほどまでに大きくなっていたのか」


 応接室へと案内された僕は、ワイバーンの巣についての仔細を報告した。そんな僕の言葉に、レグナーさんは深刻げな表情を浮かべているが、ファルメリアさんから聞いた裏事情を知っている僕からすれば、その顔もわざとらしく見えてしまう。


「はい。そこで突如ワイバーン達が襲ってきまして、何とか逃げ延びたものの、ファルメリアさんが犠牲に・・・」

「そうか、魔族の奴隷は命を落としてしまったか・・・」


ファルメリアさんが死んだという僕の嘘の報告に、レグナーさんは若干安堵したような表情を浮かべているような気がした。きっと死人に口無しとでも言うかのように、これで彼女から僕を暗殺するという情報が漏れないと思ったからかもしれない。


「ええ、悲しいことに。しかも、この人界に侵入した魔族とも遭遇しまして、一戦交えましたが、撃退するだけで精一杯でした」

「なんとっ!?魔族が人界に侵入しただと!?これは一大事だな・・・」


レグナーさんは大袈裟な仕草で、驚きも露わにして考え込んでいた。その芝居がかったような様子に思うところはあるが、何も言わずに続く言葉を待った。


「対応が遅れれば、重大な事態を招く可能性もある、か・・・ライデル殿、依頼の内容を変更し、魔族の討伐任務を受けてくれるか?」

「・・・陛下からの依頼はよろしいのですか?」

「事はこの街だけでなく、人界全体を揺さぶる大事件と言ってもいい!ワイバーンの巣については、こちらでなんとか対処する。ただその為、人員をそちらに割く余裕はない。その上で、勇者候補であるライデル殿には、より重要度の高い問題に取り組んでもらいたい!国王陛下には私から連絡しよう。なに、陛下も人界の重大事となれば、きっと了承してくださるはずだ」


僕の疑問の声に、レグナーさんは悩む素振り一つ見せることなく即答した。普通に考えれば、国王陛下の依頼を衛兵隊の司令官とはいえ、勝手に変更する発言をすれば、陛下を下に見るような扱いとして不敬罪に問われるはずなのに、レグナーさんからは全くそんな不安や葛藤を感じない。しかも事は人界の重大事のはずなのに、ワイバーンに対処するため、僕の方に人員は割けないとまで言い放って。思うところはあるが、そんな司令官からの依頼に、僕は嫌々ながらも頷く。


「・・・分かりました。出来るかどうかは分かりませんが、最善を尽くします」

「ああ、よろしく頼む。衛兵隊を派遣することは出来ないが、目的の場所までは冒険者に先導させるよう手配しよう」

「・・ありがとうございます」

 

そうしてその後、具体的な作戦決行の日時等の確認を行い、応接室を出た。



(王女殿下が言っていた通りになったか・・・)


 殿下からは予め、様々な可能性の話を聞かされていた。そして、魔族侵入の報告をした際、司令官から具体的な人数や偵察を出す等の話が出なかった場合は、既に魔族の侵入情報を掴んでいるか、そもそも魔族を招き込んだのはこちら側であるからだろうとも。


(想定していた中では、当たって欲しくない状況になってしまった。本当に、いったい何が狙いなんだ・・・?)


良いように踊らされているという自覚はあるものの、どうすればいいかという対策が思いつかない僕は、とりあえず王女殿下の助言通りに動くしか無かった。


(リーア・・・君は今どうしているかな?)


周りに流されるままになってしまっている自分の状況に、僕はふと、早く彼女と再会したいという想いが溢れてきたのだった。

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