第37話 英雄 対 勇者候補
◆
(標的は、人族の神殿騎士の衣服に、白の仮面が目印の新たな勇者候補か・・・)
部隊から離れ、私は2人の弟子を引き連れて目的の場所へと向かった。協力者からは、標的をある場所に誘導していると聞いている。そこでなら場所の性質上、邪魔は入らないということらしいが、確かに大規模なワイバーンの巣の近くなら、余程のことがない限り邪魔は入らないだろう。
(しかし、人族の勇者候補を始末して欲しい、か・・・わざわざ人族の戦力を低下させる依頼を情報提供の交換条件にしてくるとは、あいつの目的は一体何なのだ?)
移動中、今回の依頼人のことについて考えていた。人族の中ではそれなりの地位に居る者が、何故わざわざ安泰な地位を危険に犯してまで裏切り行為を行うか、私には理解できなかった。もしかすれば、一見裏切っているように見せて、これは人族にとっても利のある事なのかも知れないが、どう考えても魔族側にしか利益がないように思えてならなかった。
(だからこそ陛下もこの提案に乗ったと言えるが、信頼するには危険な相手だな。精々利用させてもらうか)
協力者の印象は、一言で言えば大した実力も感じない、冴えない人物だった。何故この様な非力な存在が、分不相応と言える地位にいるのか疑問さえ抱いたほどだ。とはいえ、利用できるものは利用する。現に、ここまで来るのに対した障害もなく、事は順調に進みつつある。人界侵攻の橋頭堡が出来上がれば、情勢は一気に魔族側に傾くだろう。
(油断は禁物だが、とにかく今は依頼の処理を急ぐか・・・)
そんな事を考えながら村から数十キロ離れたワイバーンの巣へ向かって飛行していると、進行方向の異変に気付く。
(っ!?何だ?大量のワイバーンの死体?・・・いや、動いている・・・毒か?)
目的の場所付近には、大量のワイバーンが地面に横たわっていた。血の跡が見られないことから、魔物を動けなくする毒のようなものを使用している可能性を推測するも、これほどの大群を相手に、殺さずに毒で弱らすという行動が理解できない。
同じ毒を使うなら、相手が即死するような猛毒の方が効果的だし、その後に襲いかかってくる危険も減らせるというものだ。それに、聞いていた情報では、この大量にいるワイバーン共を討伐する依頼で奴は来ていたはずだ。どうにも中途半端な状況に違和感を覚えていると、連れてきた弟子の一人が耳打ちをしてきた。
「グラビス様、奴ではないでしょうか?」
「・・・あぁ、そのようだな」
弟子の指差す方向に視線を向けると、そこには事前情報通りの姿をした人族が走っている様子が見えた。幸いにして、未だこちらの存在に気がついていないようだ。いくら人族の勇者候補とは言え、さすがに人界に魔族が侵入しているとは考えが及ばないだろう。
「よし、こちらに気付かれる前に始末する。あまり派手な魔法で目立つのは好ましくないからな、風の上級魔法で奴を切り刻む」
「「はっ!」」
私の指示に恭しく返答をすると、弟子2人は散開して、3方向から相手を攻撃できるような木の枝の上に位置した。細かな指示を伝えずとも私の意を汲んだ動きを見せる2人に、私は内心笑みを浮かべつつ、それを表情に出すこと無く、標的の背後の木上に位置取ると、ワンドを構えて攻撃体勢をとった。
それを見た2人も、同じようにワンドを眼下に向けて構え、私の様子を確認していた。3方向からの同時攻撃を仕掛けることで、奴の逃げ道を無くす為だ。
「ーーーっ!」
「「ーーーっ!!」」
私の攻撃のタイミングと完全に合わさった風魔法が、標的へと殺到した。こちらに気が付いていない奴が、この攻撃を躱せることはないだろうと、半ば確信していた。
しかしーーー
(っ!?何っ!!)
攻撃が命中する直前、奴は何かに反応するように後ろへと飛び退き、あろうことか我々の攻撃を躱して見せたのだ。そしてそこから始まった攻防で、何故協力者が奴を排除しよとしているのか、その理由が垣間見えた気がした。
(こやつ、私の剣技をあっという間に自分のものにしおった!
標的である人族の勇者候補と一合ほど打ち合うと、私は相手のその才能に驚愕させられた。細身だが引き締まった身体から打ち出される攻撃の威力は、かなり身長差のある私の全力とさほど変わらないばかりか、幾分の余裕さえ感じさせる。それはまるで、リーアが編み出したという身体強化で得られる程の膂力があるような感じがした。
しかしそれ以上に驚かされたのは、私が長年研鑽してきた技術を、あろうことか奴はこの高速で繰り広げられる攻防の中で盗みとったのだ。出来の良い弟子でさえ数年掛かって会得するような技術を、この僅かな瞬間に体得する人物がいるなど考えられなかった。
(こいつは危険だ!成長途上にある今の内に始末しなければ、将来こいつが魔族との戦場に勇者として立った時、苦戦は免れないだろう)
私は、現時点では完成した技術を持ってない勇者候補と引き合わせてくれた協力者に、内心感謝するほどだった。これ以上成長されてしまえば、おそらく一騎討ちで奴を倒すのは至難の業になってしまうだろう。それに、奴に魔族が人界に侵入していることを知られてしまった。ここで情報を断たねば、今回の作戦が失敗に終わってしまうだろう。
(仕方ない・・・多少目立つことになろうとも、全力をもって奴を殺す!)
奴の剣の一閃によって仰け反った体勢を整える為、隠していた翼を広げて上空へと飛び上がる。私と奴との距離が空いたのを見計らい、2人の弟子が奴に向かって風魔法を波状攻撃で仕掛ける。しかし、反応を更に上げた奴には当たらず、森の中という地形を利用した、木々を蹴っての縦横無尽な機動力を見せた。それは、翼の無い人族にはあり得ない動きだった。
(3対1で未だ無傷・・・やはり危険な存在だ。おそらく現時点で既に人族の現勇者を上回っているぞ・・・)
私の背中を嫌な汗と共に、幾度も戦場で刃を交えた勇者の事を思い出す。お互いに得意とする戦闘スタイルはまるで違うのだが、その実力は同等程度で、直接正面からの一騎討ちをするようなことは無かったが、あの女勇者には手を焼いたものだ。その女勇者と比較しても、こやつの実力は頭一つ抜きん出ているような印象だ。
そう感じるからこそ、私の全身全霊をもって、今この場で仕留める必要がある。
(いくぞ!!)
私は今一度身体強化の為に身体に魔力を纏うが、その魔力密度はこれまでの比ではなく、自身が制御できる限界量寸前まで濃くしている。リーアの様に魔力を肉体に浸透させるような事は出来なかったが、私の英雄としての本領発揮はここからだ。
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