第36話 出陣


 私が自分の実力を部隊の皆に見せるため、ベヒモスを討伐してから2週間が経過した。そして作戦開始の為、いよいよ人界へと出発する日が来た。


私に対する部隊の皆の対応は、あれから少しだけ変わった。そこそこ年齢差のある者達は、基本的に私を娘のように扱う事に変わりはないが、そこにしっかりと敬意が籠っているのが感じられるようになった。


また、比較的歳の近い者達からは親しげな話し口調が鳴りを潜め、敬語と尊敬の眼差しが見てとれるようになった。更に私の実力を見せた影響か、部隊の士気も上がっているようで、叔父様からも「良い傾向だ」と、お誉めの言葉をもらった程だ。


特に対応の変化が顕著だったのはレイで、それまでは事ある毎に私に対して心配した言動を見せていたのだが、今はまるで私の事を崇め讃えるような様子に若干困ってしまっている。また、そんな部隊の雰囲気の変化に気を良くしているのはシルビアで、レイ同様に、私に対してこれまで以上の敬意を持って接してくれているのが分かった。



 余談だが、ワイバーン討伐演習の野営の際に、女性だけで集まって話す機会があった。そこでは連携の確認だとか、互いの得意な戦闘スタイルだとかの話は一切無く、もっぱら恋愛話をしていたのだ。


年齢は私が最年少の15歳で、上は39歳の方まで居たのだが、女性隊員20人の内、結婚しているのは僅か3人だけで、あとの皆さんは結婚どころか恋人もいないという現状だった。ただ、国防軍に所属している女性としてはこれが普通のようで、やはり戦闘を主とするような仕事に就いている関係上、訓練や演習、実戦などで家に居られないことが多く、異性との出会いは職場内がほとんどらしい。しかし、男尊女卑が激しい軍隊内では、これだという男性に出会えないらしく、もたもたしている内に婚期が遅くなると忠告されてしまった。


そんな中、話題は女性側のマスコット的存在であるレイとなり、彼が私に対して好意を抱いているのでは、という話になった。


(はぁ・・・仮にその話が本当だったとしても困るんだけどな・・・)


私を置いて盛り上がる女性陣に対し、苦笑いを浮かべるしかなかった。皆しきりに私に想い人がいるかについて聞いてくるのだが、さすがに人族に想いを寄せているとは言えず、ただただ曖昧な態度をしていたのだ。


それが良かったのか悪かったのか、私の好みは女性なのではという話になり、その話題に目を輝かせたのはシルビアだった。どうも軍の女性隊員は理想的な男性に出会うということを諦め、そっちの道に進んでしまう人も多いらしい。


そうしてその日から、何となく特定の女性隊員からのボディタッチが多くなったような気がするのだが、明確な拒絶を示す訳にもいかず、ある程度の事は笑って受け入れていた。ただ、さすがに胸や、あまつさえ下腹部を触ろうとする行為については、身体強化付きのデコピンで撃退していたのだが、何故かシルビアは赤く腫れた額を撫でながら、恍惚とした表情を浮かべている様に、貞操の危機を感じずにはいられなかった。



 様々な事があったが、何とか纏まりをみせてきた私の部隊は、これから一路人界へと向かう。移動手段は自前の翼のみだが、小さな無人島で休憩を挟み、目的地への旅路は約2日間の予定だ。


10歳の頃の私が丸3日掛けて海峡を横断したことを考えれば、やはり大人ともなれば多くの荷物を背負っても、それ以上の早さで移動することが出来るのだろう。ただ、今の私であれば1日あれば渡れる自信はある。


(早くこの戦争が終われば、気軽にライデルと会えるんだけどな・・・)


そんな事を考えながらも、何事もなく海峡を横断し、目的の村へと到着したのは2日後の夕刻だった。


100人程度の規模の村に、120人の魔族が一挙に攻め込んでくるのだ。いくら戦闘を主とする人数は30人といっても、相手がそんな事を分かるはずもなく、早々に村人達は大した抵抗も見せずに降伏していった。


若い男性の中には抵抗を試みようとする者も居たが、すぐに制圧し、全員を村の広場のような場所に集めさせた。



「聞け!我らは非戦闘員である君達を傷付けるつもりはない!君達に求めるのはたった一つ。我々のことは居ないものとして、今まで通りに生活してくれれば良い!」


 村の全員に向かい、漆黒の仮面を付けた私が彼らに言い聞かせるように声をあげる。私の言葉を聞いた村人の反応は様々だったが、大多数は疑問の表情を浮かべつつも、不安を抱いているようだった。


「あ、あの・・・本当にワシらを殺さないのでしょうか?その・・・奴隷のように扱われるとか・・・」


集められた村人の中から一人、老人の男性が恐る恐るといった様子で手を上げながら質問してきた。確かこの村の村長だったはずだ。


「そんな事はしない。ただし、我らに反旗を翻すような行動をとれば、こちらも相応の対処はさせてもらう!」

「わ、分かりました・・・それで、あなた方の目的は何なのでしょうか?ここは何も無いただの田舎の村です。私どもを人質にしたところで、国は切る捨てるだけでしょう」


こちらの目的を測ってこようとしてくる村長に、私の隣りにいる叔父様が怒気も露わに声を荒げた。


「それは貴様らが知る必要の無いことだ!お前たちは我々の言う通り、黙って普段通り生活していれば良い!」

「も、申し訳ありません!!」


叔父様の迫力に、話をしていた村長はおろか、村の全員が恐怖に引き攣った表情浮かべ、土下座するように這いつくばっていた。一喝で住民達に恐怖を刻み込めてしまう叔父様の覇気に、私は感心したのだった。


叔父様からは事前に、「リーアには、相手に畏怖の感情を植え付ける様な言動を身に付けてもらわねばならん!」と言われており、要所要所で見本を見せると説明されていたことから、これもその一環なのだろう。


「外部の者と接触をしないか、最低限監視は付けるが、基本的にはこれまで通りの作業をしていれば良い。間違っても、国防軍や衛兵隊に助けを求めないことだ。この村が戦場となれば、君達は隣りにいる大切な人を失い、住む場所さえも無くしてしまうのだからな」

「「「・・・・・・」」」


私の言葉に、なんとも言えないような表情を浮かべる住民達は、無言のままに事の成り行きに身を任せているようだった。


事前情報では、この村が外と交流するのは春と秋の半年に一度来る行商人を介する程度か、春先の頃に納税の検閲官が来る程度で、ほとんど外部との交流が無い村らしい。


だからこそ作戦場所にこの村を選んでいるのだろうが、私達の知らない情報網がある可能性もある。その為、最低10人の戦闘要員が交代制で住民達を見張り、その他の部隊員は拠点の設置と、現地での食料調達がメインの仕事になる。



 その後、一通りの注意事項を説明すると住民達を解散させ、早速拠点設置に取り掛かるべく部隊に指示を出した。


「リーア。少しいいか?」

「どうしました?叔父様?」


部下達が慌ただしく行動を開始し、私の周りに人が居なくなった頃、叔父様が話しかけてきた。


「私は別件で動くことがあってね、少し部隊を離れる」

「別件ですか?一体どの様な?」


叔父様の言葉に、私は怪訝な表情を浮かべながら内容を聞いた。


「詳しくは後で話すが、あまり他の連中の耳には入れたくない内容だ」

「・・・極秘の作戦ということでしょうか?」

「そうだ。今回の作戦立案に於いて、この村の存在や詳細な情報を提供してくれた協力者が人族の中に居るんだが、その者からの依頼でね・・・」


叔父様は微妙な表情を浮かべながら、そんな事を教えてくれた。言ってみれば人族の裏切り者ではあるが、信用するに足る人物なのか測りかねているような印象を受けた。


「そうだったのですね・・・叔父様が単独で動くのですか?」

「いや、信頼できる部下を2人連れていく」


そう言うと、叔父様は背後に視線を向けた。すると、2人の人物が無言のまま進み出てきた。確かこの2人は、叔父様の弟子の中でも優秀な人達だったはずだ。軍に所属してから個人的な指導を受けに来ることは少なくなっていたが、何度か見た記憶がある。たしか階級は大尉だったはずだ。


これほどの実力者達を引き連れて行くということは、その協力者からの依頼は相当な難度なのだろう。内容が気になるところだが、後で説明してくれるということだし、今は周りの耳目も気になるので、一先ずこのまま見送ることにした。


「分かりました。部隊には既に指示を出していますので、グラビス殿が居なくとも問題無いでしょう。こちらのことはお任せください」

「あぁ。リーアなら大丈夫だろうが、不測の事態が起きたなら・・・躊躇うなよ?」


叔父様は何を、とは言わなかったが、私は未だ人を殺した経験がない。もし住民が反抗して来るのなら、躊躇わずに殺せという意味だろう。決死の覚悟で向かってくる者に躊躇いを見せれば、部隊の誰かが傷付く可能性がある。それは即ち、指揮官としての資質に問題ありとみなされ、部隊の士気が大きく下がるどころか、誰も私の命令を聞かなくなるだろう。


「分かっています。この部隊の隊長として、無様は晒しません」

「期待しているぞ、リーア」


そう言うと叔父様は、2人を引き連れてこの場をあとにした。覚悟がまだ完全に固まっていない私は、何事もなく事態が進むことを、夜の帳が落ちてくる空を見ながら祈った。

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