約束が繋ぐキミとボク

第38話 勇者候補 対 英雄

　突如現れた襲撃者に応戦し、その正体が魔族だということが分かった瞬間、それまで剣を交えていた人物が空へと飛び上がってしまった。逃げたという感じではなく、上空で体勢を整えているといった様子だった。

その直後、襲撃者との距離が開いてしまったので、別の襲撃者達からの魔法攻撃が殺到してしまった。僕は上空の人物に注意を払いながらも、木々を蹴って軌道を変化させながら魔法を避けていると、突然背中に悪寒が走った。

（っ！？何かヤバイぞ・・・）

悪寒を感じた元凶である上空へ目を向けると、そこには静かに集中した表情で、長剣を正眼に構えて僕を見据えている襲撃者の姿があった。角を隠していたであろうフードを戻すことは無く、もはや魔族であることを隠す気はないようだ。

しかし、最も目を引くのは、彼の周囲の空間が歪んでいることだ。おそらくは魔力を纏って身体強化していることは分かるが、魔力自体が可視化するなんて話は聞いたことがない。そして、彼から発せられる殺気も尋常なものではなく、心の弱い者があの殺気に当てられたのなら、それだけで気を失ってしまいそうな程の濃密さがあった。

危機感を感じた僕は雷魔法を剣に纏わせ、動体視力の反応速度を上げる。剣の切れ味を向上させるには、柄頭から魔法を流す必要があるが、どれ程の雷魔法を込めればどれだけの切れ味に変化するのか、実はまだ試していないこともあり、今回は剣の斬れ味を向上させることはなかった。

そうしてこちらも体勢を整えた次の瞬間ーーー

「っ！？くっ！」

それまで上空に居たはずの彼は、瞬き一つの間に僕の目の前へと、まるで瞬間移動したような速さで斬りかかってきていた。予想以上の早さに虚を突かれたが、それでも僕の視線は彼の姿を捉えていた事もあり、袈裟斬りに斬りかかってきている彼の剣撃の軌道に僕の剣を滑り込ませるが、そんなものは無意味とばかりに彼は剣筋を変え、いつの間にか逆袈裟斬りになっていた。

「くぅぅ！」

剣での迎撃が間に合わないと判断した僕は、咄嗟に後ろに倒れ込むようにしてその攻撃を躱し、不格好にゴロゴロと後転しながら距離をとった。そして、体勢を整えようと膝立ちになって前方を確認した時には既にそこに彼は居らず、直後に自分の真上から空気を切り裂くような音を耳にした。

「くっ！」

今度は真横に飛び退くと、寸前までいた地面が爆発したように弾けた。間一髪で躱しているが、体勢を立て直す暇がまるで無い。しかも何とか相手の姿を捉えようと周囲に視線を巡らせるのだが、襲い掛かって来ていたはずの彼の姿は既にそこに無く、常に僕の死角に回り込むように動いているらしく、周囲の僅かな違和感や勘を頼りにとにかく避け続けるしかなかった。

（このままじゃマズイ！それにこの殺意・・・僕を逃がすつもりはないんだろう。なら・・・）

覚悟を決め、現状を打破する勝負に打って出る。

今僕が相対している襲撃者はかなりの手練れだ。ワンドを持っていたことから、ある程度魔法も使えることは分かっていたが、それよりも剣術の方が驚愕だ。速さや膂力はもちろんの事、その剣筋や体捌き、常に相手の死角を取る動き等、今の僕が無傷で現状を切り抜けられるとは思えないし、同時に相手を殺してしまうかもしれない覚悟が必要だ。

（まさか本当に人と殺し合いをすることになるなんて・・・）

実際に僕が勇者になることは無いと言われていたこともあり、戦争などの人同士の殺し合いは自分とは縁遠い、どこか遠い話の事だと思っていたのに、こうして殺意を向けられた相手と命のやり取りをしている現状に、どこか悲しさを感じていた。

（どうして人同士で殺し合いをするんだろう・・・お互いに言葉だって通じるし、心を通わせることも出来るのに・・・）

相手の攻撃を避けながらも、僕はリーアの事を念頭に置きながら、人族と魔族についての関係性について疑問を浮かべていた。２つの大陸に挟まれた小さな大陸の領有権を取り合っているとは学んで知っているが、話し合いでお互いが納得できるようにすれば良いのにと、素人考えながら思わずにはいられなかった。

（人族も魔族も、互いに手を取り合って協力すれば、もっと良い世界になるのに・・・）

人族は人族の得意分野があり、魔族には魔族の得意分野がある。お互いに得意なものが違うのだから、互いに得意なことで支え合っていければ、もっと住み心地の良い世の中になるのにと考えてしまう。

だからこそ悲しい。魔族と人族が互いに戦争をしていることが。だからこそもどかしい。２つの種族が手を取り合えば、楽しい世界になると思うから。だからこそ実現したい。人族と魔族が手を取り合う世界を。

（リーアともう一度、会う為に！！）

ひどく個人的な感情だが、その目的を達成させるためには戦争を終わらせる必要がある。ただ、僕がどうこうしたところで種族同士の争いが止まるわけでは無いと思うが、それでもせめて、自分の目の前の戦いくらいは止めてみせる。豊穣の女神、アバンダンティア様に選ばれた勇者候補の一人として。

「くっ！」

積極的に戦うということを決意した僕は、相手の攻撃を避ける動作を利用して、自分の姿を隠さんばかりの大木の幹に背中を預ける。常に僕の死角を突いてくる相手の攻撃を、少しでも限定するためだ。

しかし次の瞬間、僕の背中に大木が斬られている感触が伝わってくる。どうやら相手は大木の幹ごと僕を斬るつもりらしいが、それこそ待ち望んだ展開だった。

（これで相手の居場所と攻撃方向が分かった）

相手に先手を取られているため、どうしても反応は一拍遅れてしまうが、それに構わず剣に纏雷（まといいかずち）を発動し、大木の幹に背中を預けた状態のまま、左側から襲ってくる相手の長剣に対して、剣で受け止めた。

そう、防御するでも攻撃するでもなく、ただ相手の剣を受けたのだ。

「ぐあぁ！」

「ーーーっ！」

剣で受け止めはしたが、さすがに相手の剣戟の勢いを完全に止めることは出来ず、左の上腕を斬られてしまった。一応身体強化で防御力を可能な限り高めていたのと、元々攻撃を受ける気でいたため、歯を喰いしばってその痛みに耐えた。幸いなことに、その裂傷は骨に達していなかった。

しかし相手は僕の剣に長剣が接触した瞬間、長剣を通して感電したことで、呻き声をあげながら地面に倒れた音がした。

僕は左腕から鮮血を流しながらも、素早く大木の後ろに回り込み、片手で剣を構えながら倒れる相手を確認する。どうやら意識はあるようで、僕の事を物凄い形相で睨めつけてきた。しかし、身体の自由は効かないのだろう、痙攣したように時折ビクビクと震えていた。また、手に持っていた彼の長剣は、幹を半分ほど斬り進めたところで、そのまま中心付近で止まっていた。

「ぐ、あ、に、を、し・・・」

おそらくは「何をした？」と言いたいのだろうが、雷魔法で口まで麻痺している彼は、喋ることすら困難なようだ。

（良かった。威力を間違えると殺してしまう可能性もあったからな・・・こうして無力化出来たことは良かったけど、さすがに今後は怪我してまではやりたくはないな）

鮮血が流れる左腕に一瞬視線を向けつつも、油断なく剣を構えたまま地面に倒れ伏す彼に向かって口を開く。

「手の内を明かすほど、僕も愚かじゃない。・・・魔族であるあなたには色々聞きたいことがある。大人しくするんだね」

「ぐぅぅ・・・」

倒れている相手に言葉を投げ掛ける際、僕は不自然にならないように努めて、右手の剣に顔を向けた。「魔道具のお陰だ」と言おうかとも考えたが、さすがに不自然だろうと考え直し、相手に誤認させるような言動を心がけたのだ。

それというのも、可能な限り僕が雷魔法を使えるということは秘密にしておきたかったからだ。敵対する魔族から情報が漏れるというのも考え難いが、不安要素は出来るだけ消しておきたい。

　とりあえず襲撃してきた彼を拘束しなければと考え、何か拘束できる蔦のようなものを探して周辺を見渡すと、それまで様子を伺っていたもう２人の襲撃者が強襲を仕掛けてきた。

「はぁぁぁ！！」

「貴様、よくも！！」

「ーーーっと！！」

魔法による攻撃では、僕の近くで倒れている彼まで巻き添えにしてしまうと考えたのだろう、２人は魔族であることを隠すことなくフードを外し、怒気も露わに剣で斬りかかってきた。身体強化もしているようだが、今まで対峙していた彼と比べると、その身のこなしから剣術の実力は数段劣る印象を受けた。

２人の事は当然警戒していたこともあり、頭上から襲いかかって来る２人の剣戟を、今しがた無力化した彼の剣術を使わせてもらい、力の向きを明後日の方向に逸らした。先程の彼より実力が劣る為、片手でも対処は可能だった。

「なっ！？」

「くそっ！！」

急に力の向きを変えられ、地面を転がった２人はすぐさま起き上がると、何やら目配せをしてから再度剣を構えた。どうやら連携の確認をしているようだ。そして、一人が上段に剣を構えながら突っ込んできた。

「はぁぁぁぁ！！」

「っ！？」

相手は目測を誤ったかのように、僕の数メートル手前で剣を振り下ろし、地面に剣を突き刺していた。その行動の意味を理解したのは直後、地面に刺さった剣を振り上げるように引き抜き、僕に向かって土や砂利を飛ばしてきた時だった。

「くっ！」

先程自分がやった目潰しと同じ様なことをされてしまい、土埃を嫌った僕は、瞬時に後退してしまった。

「今だ！！」

僕が距離をとったのを見計らい、飛び込んできた人物が声を荒げると、待機していたもう１人が素早く倒れ伏していた彼の元へ駆け寄り、身体を横にして肩に背負い上げていた。

「逃さないっ！」

「させるかっ！」

させないとばかりに、僕が剣を構えて踏み込もうとした瞬間、なんと目潰しをしてきた人が自分の剣を僕に向かって投擲してきたのだ。

「くっ！」

「うおぉぉぉぉ！！」

咄嗟の判断だったが、身体を一歩右にずらしてその剣を避けると、あろうことか剣を投げた相手は、丸腰の状態で雄叫びを上げながら僕に殴りかかってきたのだ。武術に覚えがあるのかとも考えたが、その身のこなしを見るに、とてもではないが剣を持つ僕を圧倒できるようには見えなかった。

（まさか、捨て身で時間をっ！？）

僕が素手で襲いかかってくる彼を倒すうちに、もう１人が倒れている人物を背負って逃げる作戦なのかもしれない。自分の命を賭してまで救いたい人物だということに、少なからず衝撃を受けた僕は、彼らから飛び退いて距離をとった。

「なっ！？」

襲いかかってきていた彼は、僕の突然の行動に唖然とした表情を浮かべて足を止めていた。それに構わず僕は無言のまま剣を鞘に収め、少しの間彼らの様子を確認すると、地面を蹴ってこの場から姿を消したのだった。